直感の選択


みなさん安全にお過ごしでしょうか?

インドは1日の感染者が40万人を超え、最悪な医療崩壊が起きているのはニュースでもご存知のことと思います。

再度ロックダウンが始まり、デリーに住むお弟子さんたちがこの村にみんな帰省しました。

そのうちの一人ラデはこの家のオーナーでもあるのですが、デリーを出る前に熱が下がったばかりで、むせ返えるような咳をしていて。。。

「コロナじゃないから大丈夫」とマスクもせずにいますが、本当に大迷惑。


PCR受けてから来てよとお願いしましたが、1日40万人もの感染者がいて、PCR検査場がコロナ患者でごった返し、その日に検査は受けれず、受けれたとしてもいつ結果が出るかわからないほど、長く待たなければならないというのが現状なので、結局受けずに来てしまいました。

数日前に彼のウイルス(熱が出ても肺には影響はなく呼吸困難に陥ってないようなのでただの風邪だと押していた。)が私の中に入ってしまい、ラデと話した1時間後には鼻が詰まり、喉がパンパンに腫れて、脳がグラグラで胸が苦しくなり、熱が出そうな感じでとんでもないことになりました。 (ディスタンスは取っていたのですが)

即浄化し、80%は自己ヒーリングで取り除けましたが(これを翌日まで待ってしまったら即改善させるのは難しいです。悪化する前だから対処できましたが)残りの20%は免疫機能をあげるトゥルシー(インドのバジル)の液体を5滴と、アーユルヴェーダの風邪用の錠剤を1つとって、4時間後には100%回復まで持ってこれましたが。

相当焦りました。。。。

ラデの咳が止まるまで、できるだけ距離を取ることを伝えましたが。

この村は幸いにも、去年の7月以来感染者ゼロできているので、デリーからお弟子さんたちが帰ってくるのはかなりリスクがありました。

ですがデリーに居続けてもロックダウンでしかもあれだけの感染者が出ちゃってますから、誰も滞在したくないのでみんな帰ってきましたが。

ここハルヒ村は現在寒暖の差が激しく村民も風邪引き多発中。

この家族と隣の親戚も入れたら5人熱と咳が出てますし。

お弟子さんたちが帰ってきて1週間くらいでしょうか、誰も呼吸困難になるような事態になっていないのでコロナの心配はなさそうです。

さて、私の生活は相変わらず時間割り通り8時間は瞑想、内観にあて、朝晩5時のウォーキングをしています。(ラデのウイルスで風邪なんかひいてる暇はない!)

有難いことにこの村では誰もマスクはつけてませんし、コロナについて話すこともなく、コロナ前と何も変わってない村の生活です。インド中で1日の感染者が40万人突破したというのもこの村にいるとまるでどこか遠い世界で起きていることのようにすら感じるほど、村民は平穏に暮らしています。



ですが別のグルジのお弟子さんのお父さんが先週コロナで他界しました。

しかも同じ州のパトナという都市でここから5時間。インドでは5時間程度は隣近所のようなもので、パトナもニューデリーと変わらないほど感染が拡大し、この厳しい現実はすぐそばでも起きています。

この村にコロナが入り込まないことを祈るばかりです。

ここのところずっとブログを書かずにいるのですが、(書けずにいるという方が正しい)今まで入ったことのない領域の深いところに入り続けていて、何かを書くというところにマインドが働かずにいまして。

なのでとりあえずご心配おかけしないよう生存確認程度でアップしている次第なのですが。

前回アップした時にはまだ詰めの甘いところがあると、数ヶ月に1度のペースで天界が弱みを気づかせるために誰かを送ってくると書きましたが、グルジが他界し1年。粉々になった私のハートをいくらかでもいたわってのペースだったのだなと理解できました。

前回ブログをアップしたあたりから、向き合いきれてない何かが山ほど潜んでいるということを感じとり、天界に祈りました。

「全てに向き合う準備ができたので、全ての弱さや要らぬエネルギーを露呈させてください」と。

祈りは届きます。
気をつけてください(笑

天界側も「そうか!ではやっていこう」と判断したのでしょう。一気にきました。
100倍くらいのペースで。。。

寝る暇もないくらいプロセスが山積みになり、おかげでこんな深いところに入ることが出来たのか。。。と驚きでいっぱいです。


結局のところ、何も隠せないんですよね。
ある程度までは隠せても、絶対にどこかで暴かれる(向き合わなくてはならない)ときがくる。
(先日Mさんがインドの状況からご心配のメールをくださって、弱みの露呈は国単位で、世界単位でもそうなのかもしれないなと…思います。日本は政治や会社単位でも今までの詰めの甘さがどんどん露呈していって、本当に色々試されているのだな、と感じます。)と書かれていました。
特に今の現状はそう出やすくなっていると思います。

今までもかなり研鑽を積み頑張ってきたつもりでしたが、グルジが他界して自分の生活が一変し、もしかして今修行が始まったのではないだろうかと思うほど、山積みで向きあわされています。

グルジが他界したことで、グルジのためにとか、グルジに合わせるということが一切なくなり、そこがまた突然失った痛手でもあるのですが1年が経過し、完全に自分のことに集中するという今までにない時間の過ごし方をしています。

そしてグルジの教えや注意されたことを思い出しては反芻の日々。

グルジの死はこれまでこのように進むと決めていた道が全て破壊され、突如右も左もない砂漠に取り残されたかのようなもの。

その状況でも、一つこれだけは絶対だと確信したことが、自分にとって正しいと感じることを確実に選択すること。

今はコロナが蔓延しているので、どこか遠くに行くなど大きな選択をすることはできませんが、 小さな一つ一つの行動です。

人にどう思われるか、周りの期待にも一切振り回されず、自分の古いパターンや感情にも振り回されず、自分が正しいと感じ、これでいいと感じることを確実に選択する。
(もちろん人に迷惑をかけるなどということは、一切ないことは前提です)
そしてそうすることが、周りにとっても自分にとっても最善に働く結果となる。

このような選択はある意味直感的にも繋がってきます。

ここに甘さがあると、感覚より頭が先に出てしまって、感覚でダメだってわかっていたのに、頭を優先させて失敗したりという結果になってしまう。
きっと誰にでもある経験だと思います。

逆にきっと周りはこうして欲しいと思っているだろう、でも自分はそうではなくこうしたいとわかっていて、どちらも選択する事ができる状況である場合、自分の頭ではなく、心が欲していることを選択することで、天界の計らいが働いて嬉しい、楽しい結果が引き寄せられたりすることも多々経験しています。

周りに振り回されない選択ができてよかった!という喜びで溢れる事がたくさん起きています。

今まではグルジがいるというだけで楽しかった生活も完全になくなりましたから、現地の人と自分でうまく作り上げるしかない。だから今まで以上に直感力を信頼して生きています。

それに、この国は危険に満ちた国ですから、グルジがいつも盾になってくれていましたが、今はもうそれすらもない。

どこを歩くにも直感力で正しいかどうか(危険がないか)を感じ取り、何かをやりたいと思っても直感的な感覚が少しでもおかしいと判断したら絶対進まない。

一つちょっと危険な例ですが、

毎日のウォーキングは、ここから2キロ先の橋を越えて隣の村の入り口まで歩いて戻ってきます。

ある日「嫌な予感。。。この橋で犯罪か殺人が起きそう」という直感が走ったんです。

というのも、歩いているときにたくさんのバイクや自転車に乗っている人たちとすれ違うのですが(通常1時間で5台くらいですが、この日は結婚式があったので10台くらい)あるときすれ違いざまに「殺人をたくらんでいる」と感じた人が3人もいたんです。

それが橋の下の川で起きるというのも感じ取って。
バイクで来ているのは、場所の偵察だというのもすぐわかりました。

その感覚を感じたときから、橋を越えて歩くのをやめました。
橋を越えないと距離的に短くなるのでもっと歩きたいところですが、事が過ぎるまではダメだと決めて。

そして1週間後、近所のおばあちゃんが「どこに行くんだ?橋の方まで歩くの?今日はダメ。今日は行くな。」というので、「何かあったの?」と聞いたのですが言語がよく理解できず「わかった。行かない方がいいんだね。じゃ今日はお寺参拝するだけにする。今日はやめとくよ。」と言うと「それがいい。今日はお寺だけで家に帰りなさい」と言われました。

そしてあとで、英語が少しわかる子に聞いてみると
「今日橋の下で殺人が起きてね、バラバラの遺体が見つかったの」と。。。

犯人は捕まった?と聞くと、「完全に逮捕には至ってないけど、3人拘束されている」と。

やっぱり起きた。
直感は正しかった。。。

こんな大きなケースではないにしても、直感的になんか嫌な予感がしてたんだよなとか、やめておいた方がいいって感じてたんだよなくらいは誰にでもあると思います。
(事件に巻き込まれなくよかった。。。この村で巻き込まれた人はいませんが)

あとはどこまでその直感を信じるか、優先できるかになります。
時には頭だけで考える損得を捨てて、直感を信じるのはとても大事。
直感に従わなくなるのは頭のせいですから。

直感外や想定外で起きることは、全て天界のはからい。
良くも悪くも全て天界の贈り物。

ここにはかなり大きなメッセージが含まれていますから、良くも悪くも有り難く受け取るのが最善。

そして私の祈りは届き、毎日どっさりとあらゆる関わりから学びや気づきを得ています!

みなさんコロナには十分お気をつけてお過ごしください。

サントシ メラ

こちらはすっかり夏で、37度です。
でも寒暖の差が激しく朝晩はかなり冷え込み冬用の布団で寝てますが、湿気がまだそこまで酷くないのでベストシーズンとも言えます。

1日8時間の瞑想を続ける中、うちから500m先にあるサントシ寺のサントシマー(女神)を祀るフェスティバルが始まりました。

インドでのフェスティバルは、爆音フェスティバルでもあります。。。

しかも、この家はこの村の中でも一番大きく高さもあるので、村のコミュニティーがこの家の屋上にスピーカーを設置しようとなり、なんと私の部屋の真上に6個もの巨大なスピーカーが鳴り響き、瞑想どころか電話も聞こえない。。。

2日間眠れず、ふらふらになり、コミュニティーにどこか遠くに設置して欲しいとお願いし結局取り外してもらいました。

まだ500m先では爆音は鳴り響いているものの、なんとか耐えられる範囲にあります。未だに続くこの長いフェスティバル。。。6日間開催されまだ今日がラスト。
6日中4日間はうるさくて眠れなかった。。。

初日は数千人の女性が頭の上に水差しをのせて6キロ歩き、サントシ寺までその水を持ってきます。(川から汲んできた水のようです)

その行列は数キロにも及びとても見応えのある珍しいメラ(祭り)でした。

サントシ寺の前は屋台にあふれ、すごい人混みと土ぼこり。

初日だけ見たらもう十分なのですが、6日間続きますから、あとは見ものとしては舞台を設置して一人の女の子がダンスしているのを何百人もの人達が楽しそうに観てました。
が小学生でももっとうまく踊れると思うけど。。。と思うほどひどいダンスで(笑)
地元の人たちはそのレベルで十分に楽しんでいるようでした。

たくさん出店が出ているのですが、初日におばあちゃんと見にきて、メラなのでおばあちゃんは何か甘いものを買って帰りたそうにしてたので、「なんでも言って!全部私が買うから!」と言って、ジャレビ(砂糖漬けの揚げ菓子)やサモサのようなものが食べたいというので数キロ買って帰りました。(家族7人ですから!)

そして家に着くと、「ぶどうも食べたかった。。。」と言い始めたので、「じゃ、明日買いに行こう」となり翌日またメラに出向きました。

地元の人は6日間毎日行きます。

「ばあちゃん、もうすごい人だからお寺は参拝しないよ。買い物だけして帰ってくるだけだからね、いい?」とお願いして、さっさと買い物を終えようとしましたが、あれもこれも食べたいとなり、恐ろしい土埃の中でどっさりと買い物。
こういう時くらいしか何か買ってあげることができないので、(この村には何も売ってませんし。。。)山ほど買い込みました。
そして家に戻ると、

近所の男の子がうちの前で待っていて「一緒にメラ行こ!」と。。。。
今、ばあちゃんに「お寺は参拝しないよ」と言ったところなのに!

嬉しいのと、この土埃と爆音にまた戻るのかと思うと。。。。
微妙に泣きそうになりました。。。(笑
わざわざ私が帰ってくるのを待っていたので、断れずあの爆音と土埃の中を再度行きました(笑

左がナレーシュ、右は途中から一緒に合流したアマール

アマールがデリーにいるお弟子さんたち(彼にとってお弟子さんは叔父さんのような存在)に「ライブ中継しよう!」とビデオ通話でメラを一緒に見て歩くことになり、これがまた思ったよりもとても楽しく、土埃と騒音の苦痛を和らげてくれました。

ここの家族のガールズ


こんなに長いメラが地元で行われるとは知りませんでしが、地元の人たちもとても楽しんでいるようです。

私は寝不足続きでかなりハードな日々でしたが、それでも日中少し静かな時間に瞑想 したり、集中できないときは仙道の勉強に切り替えたりと。


来週からデリーのお弟子さんたちがこの村に10日間ほど帰省します。
お弟子さんの一人のお父さんがグルジと4日違いで他界してしまったので、一回忌のセレモニーをグルジとお父さんと合同でおこなうことになりました。

グルジが他界してもうすぐ1年(5月で)とは本当に信じられませんが、1年間グルジのいない喪失感や孤独を感じながらも、瞑想や勉強に耽り時間はあっという間に過ぎました。


以前グルジの身体のことをとても心配しながらの暮らしから、自分の事だけに切り替わり自分のやるべき事だけに没頭した事で、今まで向き合うことのなかったことに山ほど向き合うこととなり、グルジの教えをあらゆるところに当てはめ、今までにはないレベルで研鑽がつめたと思っています。

が、まだまだあまい。。。

詰めの甘いところがあると、数カ月に1度、天界が「ここはどうだ?」と言わんばかりに、グサッと気づきを与えられるよう、あらゆる人を送って来るんですよね。

なんか完全に弱みを握られていて、タイミングを見計らっては、写し鏡で学びのチャンスを与えられているとしか言いようがないほどに。。。。。
そうでもないと人間はたった一人では学べない。。。ということを実感させられます。

お弟子さんたちが来るまでしっかりと8時間瞑想は続けていきます。

そして来月は移動になるのか、このまま滞在できるのかまだわからず移民局からの連絡待ち状態です。

コロナもまだ収束の兆しが見えてない状態なので出来れば移動は避けたいのですが。
皆さんもお気をつけてお過ごしください。


ご無沙汰しています。

ブログの更新が久しぶりとなってしまいましたが、以前と変わらずハルヒ村に滞在しています。

12月、1月はこんなにも寒くなるのか。。。と思うほど凍えていましたが、2月に入り一気に暖かくなり、3月に入ってからは33度でちょっとエアコンをつけたい気分です。

ですが地元の人たちはこの程度では暑いと思わないのでエアコンつけるのも恥ずかしくて正直使えてないんですけど!
湿気が少ないのでまだ我慢ができる範囲です。

今は過ごしやすいベストシーズンなので、1日8~10時間の瞑想に取り組んでいます。

1日の時間割が出来ているので、あっという間に流れ、時間を忘れるどころか、牛乳の支払いも忘れ、何日このような日々を過ごしているのかわからないほど、ハイスピードに感じてます。

決めてやり始めるとすごい深みに入っていき、驚きを隠せない発見の連続!
まだしばらくこのルーティンを変える予定はなく続けていきます。

ここでは未だコロナとは無縁なので安全に暮らせています。

日本も一気に感染者するが減り、オーストラリアもかなり安全に暮らせているようですね。

でも日本はまだ気が抜けないところがあると思いますので十分にお気をつけて。

このままワクチンで収束しますように!

村のボディーガード犬

お久しぶりです。

ブログがなかなか書けずにいました。

あれも書きたい、これも書きたいと思いつつ、深い心の旅路をゆっくりと歩んでいました。

日本は一気にコロナの感染が広まってしまったりと落ち着かないことと思いますが、どうかお気をつけて安全にお過ごしください。

インドも感染は衰えることなく増えています。

私の滞在している村は人口がとても少ないので、半年前に10キロほど離れた近くの町で7人ほど感染が出ましたが、幸い町のロックダウンと完全に境界を封鎖し、隔離処置により感染拡大を食い止めることができました。

本当にありがたいことにこの半年は感染者ゼロで続いています。

ここの村は相変わらず、この村のペースで毎日が流れています。

一見のどかで。。。といった感じですが、のどかというと、ゆったりしたイメージがあるので、長く住んでみると‘のどか’という言葉がマッチするのか考えてしまいます。

村民の生活は忙しいんですよね。

早朝牛の乳搾りから始まり、朝食、やぎの餌の草刈り、玉ねぎやじゃがいもを植えたり、麦畑の水やり、出来ている野菜の収穫。収穫した米の天日干し作業。
そしてまた夕方の牛の乳搾りに、今度は牛に食べさせる草を小さく切る仕事が待っている。

フルタイムで動いている姿を毎日見ていると、のどかというか、大忙しだなぁと感心してしまうんですよね。

だら~っとしている暇がないんです。

特にこの時期は1年の中でもお米の収穫が終わり、麦を植え始めているので本当に休む暇もない。

ついこの間稲刈りが終わり脱穀機に通したところです。

真夏に入るとモンスーンがやってきますので、その時期は田植えが終わってしまえば仕事が一気に減ります。そうなると男性軍はだら~っと何もしないで過ごしてる感じ。

だからでしょうか、この村で病気になるのは男だけ!

どこの父親も太りすぎたり、高血圧やらなんやらの疾患だったり、すぐに風邪をひいて咳をしているとか、熱が出たとか言っているのは、本当に男だけ。

女性で風邪だの咳だの、寝込んでるなんてのはいまだ聞いたことがない。

風邪をひく暇もないんですよね。

牛やヤギは餌も水も必要だし、乳搾りもしないとならないので待ってはくれない。家族の食事も掃除も、全部女性の仕事なので止まれないし、3日くらいゆっくりしましょうなんてことは家畜がいる以上まず無理なんです。

1日も家を空けることは出来ません。

365日休みなしでフルに働いているんです。

でもみんな家畜愛がすごくあるので、あまり苦には思っていない感じです。

飼っている犬猫に餌をやるのが嫌だとは思わないのと同じように。

だからこなせるんでしょうね。これだけの仕事を。

まるで都会の人が愛車を洗車するかのように、この村の人は水牛を洗ってあげてます。

今は冬なので、池で泳がせはしませんが暖かい日だけ洗ってあげてます。

私のルーティンはここの村民とは全く違うので、瞑想、掃除、洗濯、食事、勉強、運動と言った感じで、ガチ(植林地)にマットを持って瞑想しに行ったり、屋上でしたり。

最近は 道路工事が少し落ち着いたのでやっと長距離で歩けるようになり1日4-5キロ歩いています。

ボディーガード付きで!

ずっと餌をやっている野良犬たち。

まぁ野良犬といっても、村のみんなで飼っているという感じです。

前夜の残り物なんかを朝にみんな犬たちに食べさせています。

私は夕方に夜食を与えています。

これまでずっとオスにだけ食べさせていたのですが、メスも来るようになったんです。

この2匹はつがいなのですが、餌に関してはテリトリーがあるので私がメスに餌を与えるとオスが噛み付くそぶりを見せて吠えつけて脅して「お前にはやらない!」と始めるんです。

でもメスも何としても食べたい。。。

ご飯はたくさん残り物を貰えるときもあれば、貰えないときもある。
お腹が空いているときは結構あるんです。

犬の喧嘩が始まるとここの村民は棒で殴りつけたり。

村民はみな、「2匹に餌をやる時は棒を持ってやらないと大変なことになるわよ。餌くれって飛びついて来たり、噛まれるかもしれないから、棒で叩く準備をしなさい!」と言われてました。

でも暴力は絶対反対なので、どうにかならないかかなり悩みました。

メスは自分も食べたいというアピールで前足をあげてジャンプして、私の服をドロドロにする。

これはどうやったらやめさせられるのか。

これをやられると服が破れるし、本当に困ってました。

一度はメスには餌を与えるのをやめたほうがいいのかもしれないと考えましたがオスだけが食べているのを悲しい目で見られたら、メスにはあげないなんてやっぱり出来ない。

それである日たまたまこんなことをしてみたんです。

2匹分の餌をたっぷり用意して、オスだけ食べさせてたんです。

オスのお腹は十分にいっぱい。

それからメスのボールに餌をたっぷり入れて、メスに食べさせたのですが、その時オスが「それも俺のものだ!」と奪おうとするので

止めて、一緒に座りオスの頭を撫でながら、「いい子だね。メスにもちゃんとご飯食べさせてあげようね。今この子あんたの子供を授かってるでしょう。(メスは妊娠中だった)たくさん食べさせてあげないといけないんだよ。あんたはもうお腹いっぱいでしょう?いい子。いい子。」と話しかけて、何度か立ち上がって餌を奪おうとしましたが、その都度座らせて、いい子いい子。と繰り返し、落ち着かせてあげました。

そしてメスに完食させました。

この一発が効果覿面!

翌日から一切喧嘩がなくなったんです。

オスはメスも食べることを完全に受け入れ、僕たちは両方ともご飯を貰えるんだと理解できたんです。

本当にインドの犬は賢い!

それにあれ程私を悩ませたメスの餌くれジャンプが、ピタリと止まったんです。

ここでは美味しいご飯が貰えるから嬉しくてジャンプしていると村民はみんな言ってましたが、それだけじゃない。

「私にもちょうだい!お願いだから!お願いだから私にもちょうだい!」という必死なアプローチのジャンプ。
嬉しいじゃなくて、アテンションを得る競争!

その後は「私も餌がもらえるようになった!オスに吠えられることもなく安心して食べれるし、私の分のご飯もちゃんと用意してくれてる!」という安心と信頼で飛び跳ねることがなくなったんです。

その後メスはめでたく5匹も出産。

可愛い。

が、私は’はめられたー!’みたいな感じです。

子犬たちは別のおうちで面倒を見ているようで、この家に来ることはなかったのですが、ミルクじゃお腹いっぱいにならなくなり、固形物も食べれるようになったら、今度は親2匹にあげていた餌をまるで鯉のごとくジャバジャバ ジャバジャバものの数分で食べてしまう。。。。という状況に。

呆気にとられました。。。

親犬は子犬たちがお腹がいっぱいになるまで、絶対自分たちは手をつけないんです。

自分たちもお腹が空いているのに、すごく我慢強く見守るんですよ。

犬の世界でも親になるってすごいですよね。

そして子犬たちが親の分を完食。。。

こんなことになるとは。。。。

結局倍量を作ることになってしまった。

犬の餌なんて売ってないですから、4リットル分は作らなきゃならないので大変!

でもある程度大きくなったら子犬たちは散らばるのだそう。隣の村に行ったり、別の家でご飯をもらうようになったりと。

それまではこの2匹の親と5匹の鯉たちを頑張って食べさせねば!

餌作りは大変ですが、でも私が長距離で歩きたいときも、瞑想するときもお供にくるのでボディガードになってるんです。

メスは子犬がいるので、1キロくらい一緒に歩いたら「私子犬たちが心配だからもう帰るから」と、さっさと帰ります。

これもこれで偉い!やっぱり母なんですよね。

でもオスは完全に忠実。何キロ歩こうと絶対一緒に歩くし、メスが「先に帰る」と戻ってしばらくメスを見送っても、ちゃんと私のところにまた戻ってきて、私が家に戻るまで一緒に歩くし、お寺に寄れば、お寺の門の前でちゃんと待ってる。

外で瞑想するとき2時間座っても、3時間座っても、ちゃんと一緒に座ってるんですよ。

本当に忠実。

野山に入るときは、やっぱりちょっと怖いので、犬のボディガードがいると安心。

蛇とか出る可能性もあるので、守ってもらえそうです。

こんなに忠実だと、餌作りも大変だけどやり甲斐もあるんですよね。

こうやって犬も人間を通して愛や信頼を学んでいくんだなぁと思いました。

人と関わる犬は人間に生まれ変わるのが近いので、きっと来世は人として生まれてきてるかもしれませんね。

新年のご挨拶にかえて

昨年Thakur Prasad Panta  享年58歳の師匠が病により永眠しました
喪中のため新年のご挨拶は失礼させてただきますが
本年も皆様にとりまして良い年でありますよう心よりお祈りしております

木幡幸衣


年末のご挨拶

ブログを書くのも久しぶりとなってしまいました。

日本は第三波が来たり、コロナ変異種が世界に広がりつつあるというニュースが出ていたり。。。

もうコロナ疲れというか、コロナ慣れしてしまっているところもあるので引き締め続けるのも辛いですよね。

インドもそんな感じになっていて、感染数はものすごく高いのに死者数が少ないので、あまり心配してないようで感染は広がる一方です。

1日も早くコロナが収束に向かうことを祈るばかりです。


セッションですが12月中に行うとお伝えしてしまった方々には大変申し訳ございません。

今月は予定通り行えなくなってしまいました。

まずパラサイトクレンジングをすることにしました。

ここの野菜なんかはパラサイト感染率が高い感じで、だんだんとパラサイトが増えてる感があったので(笑

今月やってしまうことにしました。

ですが以前行なったように、完全に糖分や炭水化物を抜くようなスパルタでは行わず、普通に食べながらやりました。

グルジが他界してしまったので、パラサイトクレンジングの反応で熱が出てしまったり、動けなくなると助けてくれる人がそばにいないので、かなり体調にも気を使っているので、無理のない程度でやることにしました。

それでも4、5日はかなり頭痛がありましたね。

ということは、パラサイトが死んできている証拠。(パラサイトは死ぬときにもがいて頭痛や体調が悪くなる物質を吐き出すのだそう)

ということで2週間やってみましたが、やはり炭水化物を完全に抜いてやった時ほどの劇的変化ではありませんが、それでも「糖分が欲しい」と思う感覚は激減しました。

不思議ですよね。

糖分が欲しいと思うのは実は自分じゃなくて、パラサイトが欲しているなんて。。。(糖分はパラサイトにとってのエサですから)

その上クレンジング後は甘いものがそんなに美味しいと感じなくなりました。

ハーブがかなり強かったので、ちょっとまだ身体も本調子に戻ってないのですが、雨季の雨も去り、日中程々に暖かいのでガチ(植林地)に行って瞑想しだしました。

以前作ってもらったマチャンと呼ぶ台は雨季の雨で壊れてしまいましたが、今はマットを持っていってユーカリの木の下で瞑想しています。

やっぱりユーカリパワーはすごい。

本当に元気になるんです。

心も身体も軽くなってくるのがわかります。

わんこも一緒。
私の瞑想が終わるまで何時間でもずーっとそばにいます。

終わるとお寺を参拝するのですが、ちゃんと門の外で待ってます。

そして参拝が終わったら家まで一緒に帰ります。
餌をやっている野良犬ですが、本当に可愛い。

11月中はそんなに寒くなることもなく、ここの寒さはこんなものか。ここはこんな程度で冬が終わるんだなぁなんて、たかをくくっていたら地獄のような寒さ到来。。。

日中外は27度と暖かいのですが、部屋の中は10度程度か、手足がカジカジになるほど寒くて、どうにもならない。

暖房器具は全部売ってしまったのに。。。

もうグルジもいないので、これ以上物を増やすことはしたくないので着ぐるみ状態で頑張ってます。

最低気温6度くらいまで下がってますが、来月一杯はきっとこんな感じなのかな?と思います。

2月に入ったらインドは春ですから。

年末年始、コロナによって移動が制限されたり、パーティーができなかったりすると思いますが、くれぐれもお気をつけて安全にお過ごしください。

インドはクリスマスもないですし(この村にはキリスト教もいませんし)多分お正月も何もなく普通の1日になると思いますが(インドはダサインというフェスティバルが一番大きな行事で元旦のお正月は一般的に何もしません)この村とここから200キロ圏内はコロナが出てないようですので今の所安全に過ごせていますので、クリスマスもお正月もなくても、心配せずに過ごせるだけで有り難く思います。

本当にコロナにはお気をつけて、素敵な2021年をお迎えください。

ぼったくりの更生




最近こんなことがありました。

近所の男の子で英語が少しわかり、成人していてバイクに乗れる男の子が数人います。

その中でもX君が主に私のお買い物係。

コロナが出てから、この村の八百屋はクローズしてしまい(値段が高騰したことで売れなくなったからやめてしまった)

そうなると野菜は週に2度行われている市場で買い出しするしかありません。

そこに行くまでは3キロ。

さすがに5キロの野菜を背負って歩いて帰ってくるのは厳しいので、買い物係にお駄賃とガソリン代を払って買ってきてもらいます。

本当のところ、私を乗せてもらって買いに行きたいところのなんですが

男の子たちはバイクに私を乗せて絶対に出たくないんです。。。

特に未婚の男の子は。

村では結婚するまで女性と関わる(恋愛的、性的)ことを禁じられています。

そんなことがあろうものなら大変です。

関わる=結婚になりますから、結婚する気もなく肉体関係を持ってしまったらその女の子はもう貰い手がなくなります。

この国では肉体関係を持った時点で結婚に値するので、結婚する気はないと男側に言われたら、財産の請求ができます。つまり土地を半分もらうとか、法的にもそれが通用し成立するんです。
信じられないでしょう?

なので迂闊に手を出すなんてことは村ではできない。

都会の子たちは遊んでますけど(笑

私は彼らにとってお母さんと同じような年代ですから、一緒に出歩いたところで何の問題もないのですが未婚の子は緊急事態以外、女を乗せたくはないようです。。。

話が逸れましたが

そういったインドのしきたりもあり、私はマーケットに連れて行ってもらえないんですよぉ・・・

でも野菜買ってきてー!というと即行ってくれます。

ですが少しばかり問題が出ました。

買った商品に値段を上乗せして請求したり、ガソリン代を倍額にしてきたり。。。ここのところなんか変になってきたなぁと思ってました。

頼める男の子は他にもいるのですが、ずっとお願いしているXくんを急にやめると小さな村ですから何かあったのか?!となってしまうし。

なんでこんな考えが出てしまうのか残念に思っていました。

毎回彼の感情はエスカレートしてきている感じがありました。

買い物係を変えるべきか、またはなんでそんなに上乗せするのかを問うべきか、色々考えました。

インドではレシートなんてありませんから、いくらでも「今日は野菜が高かった」と言われたらそこまで。
ですがガソリン代を倍額請求した時は、さすがに問いましたが。

すると、彼は「他にも用があって遠くに行かなくてはならなかったからガソリン多く使ったから」と言うんです。
「それはあなたのプライベートな用なのに、なんで私に請求するの?」と聞くと
「ならいい。。。」と言うんです。

そこで払ってしまうと、これからも倍額チャージしてもいいとなってしまうので、「それは間違っている」とはっきり言い断りました。

でもこの間小さなこと手伝ってくれたから、その分をお駄賃で出すよ。
といって結局はガソリン代もカバーしてあげました。

とても良い子なはずなのに。。。

嫌ってしまったり、他の人に変えることは出来ても彼の心を正す方向に持っていけるか賭けに出ることにしました。

これまでもお駄賃として出してた分は決して少なくないんです。(先進国からしたらふざけた額ですが、長期的に住んでいる以上金銭感覚がおかしくなるほどあげるわけにはいきませんから。やはり地元の金銭感覚を保ちつつ、地元の労働賃金よりも多くあげるくらいがちょうど良いと思っています)

ですが今まであげていた額よりもう少し多くあげることにしました。

今まであげていた額でも他の子は大喜びで買い出しに行ってくれてたんです。

実際には仕事に対する額としてはだいぶ大きいです。

ですが私の中にもお寺を建てるから少しでもセーブしようという気持ちもあったので、(そんな小さなお金をセーブしても何も変わらないのに!)それよりもお世話になっている地元の人たちの少しでもヘルプになるようにした方がいいと切り替えることにしました。

それで彼が「出来るだけ上乗せしてやろう」なんて考えを捨てれるかどうか、様子を見てみようと思いました。

そしてちょっとあげすぎだろうなと思いつつも、その額をあげてみたらびっくりしてましたが今回は多くくれた?という感じで喜んでいました。

その次もその次も同じ額をあげてみると、「Ma’am 僕、手伝いでもやりますから。。。今回お金はくれなくていいです。ガソリン代だけで」と毎回そんなに貰っては悪いと思い、返してきたんです!!!

まさかこんな展開になるとは思いもしなかった!

返せる勇気があるってすごいですよね!?

でも「ありがとう、受け取っていいよ。手伝ってくれてるんだから」と言って渡しました。

それからは「うちのパパイヤが熟れたから持ってきた」と庭からのパパイヤを何度か持ってきてくれたり。(これが最高に甘くて美味しかった!)
でも実際には大家族で小さい子供もいるからパパイヤ1個も取合いのはず!
パパイヤ一個くらいとも思えますが、ここの村の人たちは育ててるものだけで生きしのいでいますから、パパイヤ1個あげることもかなり大きなことなんです。

なので「どうせわからないから上乗せしちゃえ」みたいな考えから、多くもらえることが感謝になりパパイヤになったんだなと思いました。

それ以来ずっと同じ額をあげていますが、今でもまだ「Ma’am 今日はお手伝いだけでお駄賃はいいよ」と言ってくれてます。

この2ヶ月間くらいすごくそういう不誠実な考えが彼の中にあったのですが、今思うと大きなフェスティバルがあったから、もしかするとそのためにお金が必要だったのではないかと思いました。私はフェスティバルに参加するのが初めてなので全く知らなかったのですが。(前話のフェスティバルではバナナだの、なんだの山ほど買うのが仕来りのようですから)

これまでも出来るだけ多くあげていたのに、突如そんな考えになったのは残念に思いましたが今は完全に許しに変わりました。


インドはフェスティバルだらけの国ですし、村では仕事も少ないので
これからは出来るだけ野菜を少なめに買って、出来るだけ多くアルバイトさせて今後のためにもお金を貯めさせてあげるようにしなきゃ!と思っています。

今でもこの子はこの村での一番のお気に入りの子です。

ちなみに、数ヶ月前にデリーのラデが来た時に、一度だけマーケットに行く機会を与えてもらえました!

その時のマーケットの写真です。

野菜だけではなく、何でも売ってました。

この写真からなんか気づくことあります?
誰もマスクしてないんですよ!こんなに人混みで、しかも世界もインド中もコロナ禍なのに。
この地域はコロナゼロですから、マスクしているのはラデと私だけでした!


チャートプジャ フェスティバル

前回のディワリ フェスティバルに続いて、6日後にやってくるチャートプジャ。

ここビハール州ではディワリよりも一番大きなフェスティバルなんだそう。

これは太陽を崇め、身土不二、その時々の土地の物を食べ、内側からも浄化するというフェスティバルらしいです。

このフェスティバルは、家の女性だけが36時間水も飲まない断食をするというもの。

1日目の夜、二日目丸一日、3日目の日の出で終了という流れ。

一家に一人だけセレクトされた人がやります。

少女は不可で大抵その家族の妻に当たる人で体力がある人がおこない、他はみんなサポートにまわります。

夕方4時「お寺に行くよー!」と声がかかりみんなで揃ってお寺に行きました。

まず日没にお寺の池にたくさんの捧げ物を持っていきます。
その量のすごいこと。野菜にフルーツ、揚げ菓子、ヨーグルト、ミルクと盛りだくさん。

そしてメインの断食する女性は皆池に入り、頭までザブンと沐浴。
しばらくの間池の中に入ったままで西の方を向き太陽に礼拝。

そして翌朝4時。
全員ではありませんが、数人はもうここにやって来て捧げ物に火を灯します。
私は6時半にみんなと一緒に行き、朝の4時は行きませんでしたが近所のアマールが行ったそうで写真をもらいました。

そして日の出が上がる頃に全員でお寺の池に行きます。
早朝は霧が濃く、真っ白。

気温12度と結構な冷え込み。

この気温で沐浴はかなり勇気がいります。
でも入っちゃうとスカッと気持ちよくなっちゃうんですけどね。

太陽を崇めるプジャでもありますので、昨日の夕方は日没だったので、左(西)を向いていましたが、朝は右(東)を向いて礼拝。

池の中に入り全身沐浴したら、捧げ物一つ一つを池の方に渡してもらい礼拝。
野菜の次は揚げ物で。。。と
長女のプリヤンカが階段の上から捧げ物を渡す役。

はい、次はバナナ。
と、このような具合で一つ一つ捧げ物を渡して礼拝します。

みんなが沐浴と礼拝をしている間、お寺では男性が女装したダンサーチームが現れ踊っています。

そして滞りなく今年のチャートプジャも無事終えられました。

しかしインドってすごい国ですよね。
この一連のしきたりを全員で一緒にやりましょうって代々ずっとやり続けて来ているのですから。

そして帰宅し全て終了。
パコラの天ぷら、ご飯とダール(豆のスープ)、野菜カレー、揚げ菓子、果物が私のところにも続々とここの家+ご近所からもきました。
が、一人でたくさんは食べきれないので、どれも一口ずつ貰うことに。

寒いシーズンなので、身体が温まるように
お返しに生蜂蜜を1本ずつ差し上げました。

グルジは生前フェスティバルは一切しなかったので、こんなことインド人はやっていたのか!?と驚きでいっぱいでした。




ディワリ フェスティバル

インドでは1年で一番大きなフェスティバルが行われていました。

グルジは生前一切の宗教フェスティバルには関わらなかったので、私自身も特に何も経験してませんでした。

なので、この村で暮らし始めてから、インドで初めてのフェスティバルの体験です。

夜におこなわれるフェスティバルで、夜に灯をともしてラクシュミの女神を呼び入れるのだそう。

お寺でもオイルランプを祭司が用意していました。
「Ma’am あなたもオイルランプの用意を手伝ってくれ」というので一緒にやりました。
が、どのように作るのか知らずに「こんな感じ?」と見よう見まねでやってみたら
「え?あんたオイルランプ作ったことないのか?」とびっくりされてしまった。。。

「ないです。。。」というと、ばあちゃんがすかさず
「この人は何もやったことねぇ。。。」と・・・ (笑

村で行われることや、原始的なことは確かに何もやったことがないので、村の人は何も知らない私にびっくり。
トイレを知らない村民に私が驚くように。。。

夕方になると、細い竹を持ってきて椅子にアーチ型に括り付けその上に布を被せて小さなお寺を作るんです。中にはお供え物と神々の写真を入れます。

一晩だけの、家の前に設置される簡易手作り寺。

そして日が暮れるとキャンドルやオイルにコットンの紐を入れて火をつけ家の周りあちこちに置きます。

そして爆竹が激しく鳴らされる。。。(これが本当に心臓に悪くて嫌だ。。。)

今までグルジと転々としたところはどこも寝れないほど爆竹がうるさく、年に1度本当にインドが嫌になるフェスティバルだったのですが(笑

ここは小さな村だけあって、ある程度のところでみんな寝てくれるのでそこまで苦痛を感じずに過ごせました。

左から 長女プリヤンカ 長男ハーディック 奥さん 次女クシュブ
ちびっこ二人は近所の子供たち。

ここの家族ととても仲良しの近所のボーイズたち。
左から サロージュ(親戚) アマール、ハーディック、インダージート

左 おばあちゃん、 ここの奥さん

夜になり、サロージュとアマールがどこの家でも同じことをやっているので見せてくれるとのことで、近所の家々訪問しに連れていってくれました。

これはサロージュの家の前のお寺。

ここのうちは椅子の上ではなく、他よりも大きく作っていました。

そして子供達の火の玉遊び?

布をテニスボールサイズに丸めて棒にぶら下げて火の玉をグルグルと回してラクシュミを呼び込むのだそう。

とにかく花火、火の玉、爆竹と子供達は大はしゃぎでした。

サロージュのママ。
フェスティバルなので忙しくパコラと呼ぶインドの天ぷらを作ってます。
火がついているのはお米ですが、その後ろにある奇妙な形の造形物は泥で作られた釜?というのか、下から火をおこして上に鍋を置いて一度に3つの料理ができちゃいます。
冬になると乾季になるので、この泥コンロを作り外で料理します。夏時期は雨季なので家の中で。

これはシングルの泥コンロ。
ご近所さんで彼女はいつもニコニコしていて「パコラ一つでもいいから食べていってよー」と言ってくれてました。
が、村の人たちは一番安い大豆油を使用していて私の肝臓が悲鳴をあげるので「ありがとう〜!」と言いつつどこの家でも食べずに訪問だけしました。

別のご近所さん。3つの泥コンロをフルに使っています。

一晩だけラクシュミを招くフェスティバルでした。


そして次にさらに大きいフェスティバルが来ます。


ハルヒ村の子供たち


ついに寒くなったと思ったら、今週はまた暑くなってます。
先週は靴下なしではいられなかったのに、今週は湿度が40〜60%に上がり
ちょっと汗ばむくらいです。

気温は日中32度ありますが、全くエアコンなしでいられます。


ハルヒ村は相変わらずのんびり日々が過ぎていってますが
私の心は喪失感の第二波みたいなところも。。。

グルジが他界して半年。そう簡単に抜け出せるものじゃない喪失感。
グルジと会話が出来ていてもそんなに寂しいんだって思う方もいらっしゃるとは思います。
でも肉体がないから、何かを一緒に行うことを分かち合うことはもう出来ない。
みんなで一緒に話すとか、一緒に食べるとか、一緒に旅に出るとか。。。

「もう出来ない。。。一緒に出来ない」
そんな言葉を頭の中で発しているから、喪失感が余計に出るのはわかっているのですが、やはり半年くらいで、突然切り替えるのは難しい。。。


きっとグルジの死を経験せずには今世の修行は終えられなかったのだろうなとも思います。(死ぬまで修行なんでしょうけど)

本当に大切に思っていた人が他界し、全てを失った感覚になり、そこまで来て初めて”目が覚める”こともたくさんありました。

そんな極端な経験がなければ、一生気付かなかったことや乗り越えようとも思わなかったこともあったと思います。

この苦しみは逃げれるのであれば楽でしょうが、逃げずに向き合い続けることで本当の強さや理解が生まれるような。。。そんな気がします。

そこに到達するまで、頑張り続けなければ。。。


さて、ハルヒ村は朝晩涼しくなりましたが、私は半袖1枚でいられるのに対して、村の人たちは寒さにはちょっと弱いようで夕方になるとセーターにマフラー巻いて、着込んでいます。

暑いところの人たちは、暑さにはすごく強いのですが逆にちょっと寒くなるとすぐ風邪ひいちゃったり、ものすごく寒く感じるみたいです。


最近ふと気付いたのですが、この村の人々は誰もテレビを持ってない。

ここの家の娘のプリヤンカは23歳。生まれてからテレビを見たことないんですよね。
電話はあるけど、もちろんガラケー。

二十歳を超える男の子になると、スマホを持ってますけど自分たちでは買えないのでデリーで働いている人がプレゼントしたり、出稼ぎのパパが買ってきたりで手にしているそう。

ここの子供達は(男の子)野球のようなことをやってみたり、あとは牛をひいて草を食べさせるのは毎日の日課。
女の子たちはお母さんのお手伝いをしています。
まだ小学生なのに、大量の食器を池まで持って来て全て洗います。


子供達は池で小さな魚を釣ったりもしてます。
5センチしかない、小さな魚なのに食べるらしいです(笑

左の男の子が持っているのが、釣り竿に袋の中には5センチ程度のフナ?が入っている。
子供の遊びとしては理解できますが、大人もそんな5センチの魚を釣ってる人たちもたくさんいてそれには驚きました。

ちなみに、赤い服を着ている子が池で食器を洗っていた子で頭に乗せて持って帰ります。

このお寺にある池はみんな洗濯から食器洗いから、暑い時期は泳いだり、バッファロー(水牛)の水浴び場にもなります。

ちなみに以前カルカッタで家を探していた時、全く同じ光景を目にしたんです。
しかもあちこちで。
カルカッタは池があちこちにたくさんあります。

一つの池である人は油ギトギトの食器を洗い、油と洗剤が漂う池で、別の人は泳ぎ、水牛を泳がせ、洋服を洗い、ある人はシャンプーしているという。。。

その光景をあちこちで見たときは、吐き気がしました(笑
この真緑の池で食事の油と洗剤とシャンプーと水牛と人が全て一緒になっているのを見たときは見ているだけで「もう無理。これを見ながら暮らすことは出来ない」と思ったほど。

カルカッタの大金持ちの人にこの池の光景を話し「見てるだけで耐えられない」と言ったんです。

何て返ってくるかなと思ったら
爆笑されて
「インドへようこそ!」って(笑

この光景はもう珍しいものではなく、ある意味見慣れたんでしょうね。
吐き気がしなくなりましたから(笑
今では何とも思わず普通に見ている自分がいてそれにも驚くんですけど。

あ、でもオーストラリア人だって、こういう緑の水の池で普通に飛び込んで泳ぎますからね。オーストラリアで暮らしていたときに、「オージーってすごいな。。。泳いじゃうんだ、池で。。。」と思っていました。

ちなみに
この村はテレビ、パソコン、スマホなしの生活です。

先進国の現代人にはもう考えられないでしょう。

しかも3年前までは電気もなかったんですから。

でもそんな環境だからか、子供達はとても無邪気で純粋に育っています。
水牛の散歩中。

後ろから飛び乗るバージョン

首から乗るバージョン
首から乗っても、頭をグッとあげて背中に乗せてくれます。
すごく馴れているのでそうしてくれますが、他人が近寄ると威嚇されます。

      乗れた。スマイル。

何もない村の生活ですが、大きくなって都会に出始めた時、水牛と遊んだりした幼少時代はすごく良い思い出だろうなぁと思います。