ブッダガヤ内で引っ越し

ここに引っ越してきて2ヶ月でですが、再度引越しをするとは思いもしませんでしたが、大家さんが約束していた網戸をつけてくれないとわかったので、引越しを決意しました。

この家はとても気に入ったというロケーションでもなかったのと、風水的にも門が悪い位置にあり、グルジ曰くお金にいつも困るような作りらしいです。

引越し前から、この家に入ってみてダメそうなら、すぐに新しいところを探そうとは言っていたものの、本当にそうなるとは。

そんな風水だからか、大きな敷地に大きな家を構えていながら、屋上の一間で住み込みで暮らす使用人(夫はドライバー兼、何でも屋、妻は家の掃除と食器洗い)に給料を払っていないほど。

使用人は極貧で服もボロボロ、子供達は3人もいて、ある日うちのドアをノックしてきて「野菜を買うお金がないんです、ジャガイモ貰えませんか」ってやってきたほど。

ジャガイモ、トマト、コリアンダー、ロキ(ウリ)、 ビスケット、 チャパティ粉5キロ、落花生1キロをあげましたが、こんな極貧の家族が夕食の野菜すら買えないほど支払わないなんて。。。。

私たちの溜まった服もダンボール一箱あげました。

特に私の服は彼女とサイズが同じで数回しか着てない新品同様の服がたくさんあり、タグのついている服もあったので大喜びで着ています。

でもこの大家さん、そこまで貧困なわけじゃないんです。

自分たちのお金を使いたくないだけ。
この1ヶ月半の間に3度も旅行に出てますし。
こんな人間性の大家さんのところにいるのもどうかと。。。

地元の友人、マニーシュに相談し新しい家を探すのを手伝ってもらうと、2週間かかりましたが、見つかりました!

奇跡的な家が!

とても閑静な通りで、3階建の豪邸を発見。

門構えからして、ミリオネアは間違いなし。

グルジに「この家はどう?聞いてみない?」と言うと「こういう家は貸し出しするために建ててないんだよ。大家族で住むために建ててあるんだ。」と一蹴。

確かにこんな強烈にどデカイ豪邸建てて貸し出さないだろうと納得。

貸し出したとしてもレントが高くて手が出ないのも容易に想像がつく。。。

そして通り過ぎ、通行人にマニーシュがこの辺で家を貸し出しているところありますか?と聞くと、あそこの豪邸聞いてみたら?空いてるかもよ?と。

これはご縁があるということ???
と車で引き返し、その豪邸の前で車を止めると、使用人が丁度出て来て「家を探してます」というと、大家さんのところまで連れて行ってくれた。

マニーシュが大家さんに私たちがどういう人かを説明すると

大家さんの奥さんは私たちを中に通してくれ
「この家は家族だけで暮らすために建てたんだけど、3階が空いてるんだ。見てみる?」と。(グルジの言った通り。でも貸してもいいらしい!)

外から見てもカーブを描く巨大な美しいバルコニーがあり、こんなバルコニーのある家に住んでみたいと♡と思うほど、バルコニーは美しい。。。。

(中の部屋の作りはそんなに素晴らしいわけではないのですが、スペースはすごい。4部屋あり、どの部屋もキングサイズのベッドが2つ、3つ入るほど広い。)

窓など全体のデザインがちょっと古いのが残念なのですが、それでも十分OKなレベル。

スペースが大きくなればなるほどレントも上がるので、聞いてみてもきっとレントが高すぎてスゴスゴと帰ることになるのはわかりきっていることと私たち側の誰もが思っていた。

そして値段を聞いてみると、奥さんは「息子に聞かなきゃわからない。息子はいくつもビジネスを持っていて忙しいから。。。夜に帰ってくるからその時電話で」と。

そして家の門を出ると、なんと昼間なのに偶然にも息子さんが帰って来た!
(すごいコインシデンス!)

自己紹介した時点で、この人たちなら良さそうと思ったらしく、貸し出すとしたらいくらで貸せるか聞いてみると、なんと、今借りている家賃と同じ!

まさかー!と大はしゃぎしたい気持ちをグッと抑え「そうですか。わかりました。考えてまた連絡させてください」とクールに装って帰宅。

話し合いの末、ここまで静かで大気汚染もなく、マーケットに近く、安全で綺麗な家はないだろうということで決定。

ですが、ここの家も3階は使ってないのもあり、網戸やキッチンの戸棚もない。。。

息子さんに全部屋の網戸とキッチンの換気扇、それとキッチンの戸棚をつけてもらえます?というとあっさり「いいよ。」で終わり。

そうしたら、レントとボンドをすぐに払ったほうがいいですよね?と言うと

「え、でもそんな少しのお金を先に貰っても別にあまり意味がないから、引っ越して来たときに払ってくれたらそれでいいよ」と。

さすがミリオネア!

大家さんはリッチな人だと本当に助かる。

ということで、来週に再度引越しです。
(ブッダガヤ内での引越しはこれで最後になるはず!笑)


ブッダガヤでのその後

久しぶりのブログになりました。

コロナウイルス、凄いことになってしまいましたね。。。

インドもついこの間までは2、3人程度しか感染者がいないような報道でしたが、それも時間の問題で今ではニューデリーや南インドではかなり感染が広がっていて、ニューデリーの学校は暫く休校になっています。

私たちの住むブッダガヤの人々はコロナが広がっている事は誰もが知っていても、大して気にしている人もいないようで、人が集まるお店や薬局でもマスクをしている人が殆どいません。

まだブッダガヤで陽性の人が出たという報道がないからかもしれませんが。

私はオンラインで良質のマスクを購入し、出かける際には必ずグルジにもグルジのお母さんにもマスクをつけさせて外出していますが、目からも感染するような報道があるので、もうそうなったらどうにもなりませんが、あまり人に会わずに気をつける以外ないですね。

オーストラリアでトムハンクス夫妻が感染したのには驚きましたが、どこでどう感染するかわからないので、どうか皆さん感染せずにこの危機を乗り越えられますように。。。



こちらは
グルジのお母さんが来てから、ライフスタイルが一変し初めの2週間はとても大変でした。

グルジのお母さんは足も弱く手首も指先もあまり動かないので、言ってしまえば何も出来ないんです。

まるで、メンタル的にはシャープな子供を養子に迎えた感じ?

グルジのお母さんはとても柔らかく、全くわがままもない楽な方ではあるのですがグルジの妹さんが「うちのお母さんはとてもEASYな人だから。でもご飯はすごく美味しくなきゃだめ!」と言っていた。。。。

その意味が本当にわかったのが2、3日経ってからで、何を作っても美味しくないと言われてしまう始末。。。

そこまで料理が下手な方ではないのですが(むしろ料理は好きな方で。。。)ネパールの料理でギーやオイルをたくさん使い、唐辛子が入っていて、塩気が強く、トマトとスパイスが効いているもの。。。。

そういうのをずっと食べて来ているので、そういうものじゃないと全てまずいに属する。。。

何を作ってもまずい。。。と却下されてしまう。

ここまで料理を拒絶されたことがないので、撃沈もいいとこ。

それでも少しはお母さんが好みそうな方に近づけて作ってはいたものの、やっぱり受け入れてもらえない。(塩や油が足りない。。。)

これには参って、グルジに「お母さんが好きなものを作るとなったら殺意を持たない限り作れないから、グルジが作って。。。」とお願いしたほど。

本当にすごい油と塩を使うので私には出来ない。。。

私の料理はヘルシーで、油と塩が少ないというのが基本なので。

ですが最近は、私の料理にも少し慣れてきて、これからはトマトは使わなくていいとか、油は少しでいいとか、言い始めてます。

ですが油の量を増やす代わりに、ドライガーリックなどを最後に入れてコクのある味にしたら「美味しい!」と初めて言ってくれました。

まぁご飯は徐々に健康を害さないレベルで歩み寄っています。

何よりもまずいと却下され続けてもそこまで気分が落ちなくなった精神力を与えられた事は、何気に有り難く思いますが(笑

初めてお会いした時、グルジのお母さんは、ヨタヨタで1キロ歩くのもやっとみたいな感じでした。

足と肩が痛い。。。
背中がかゆい。。。
顔がかゆい。。。

とあちこち不具合があるようで、ネパールで出会った初日だというのに、「どれ見せて」と服を剥いで背中を見てみると「これじゃダメだ」とあるものを背中につけてあげると

翌朝「すごいよく効く薬をつけてもらった。。。痒みもなく眠れたよ」と。

実は良質のココナツオイル。

背中がガサガサに乾燥していて酷い痒みに何ヶ月も耐えて、娘さんは何をしてあげたらいいのかわからず、”孫の手”を買って与えて自分で掻いてくれと。。。

うちに来てからは、毎日背中にココナツオイルをつけてあげ、膝と肩にはアーユルベーダの痛みに効くオイルをつけ、グルコサミンとカルシウムのタブレットを摂らせると、みるみる元気になり「あんなに痛かった足が50%軽減したし、背中はもう殆ど痒くない!」と大喜び。

3キロくらい歩かなくてはならない日もありましたが、そこまでクタクタにならずに帰ってこれたほど。

親戚中がグルジのお母さんに電話して来て

「インドの暮らしはどうだ?」とよく聞かれてますが

「私はドクターと暮らしているようなもんだ、それはすごくいいよ!身体がとても楽になったし、毎日よくケアしてくれる人だ。それに私だけじゃない、息子(グルジ)にもすごいケアをしているんだ。何かちょっとでも息子が調子が悪くなると、どうにか改善させないと!と必死にケアをしている。こんな人は見たことがない。この人は女神のような人だ。息子はこんなによくしてくれる人がサポートしてくれてるなんて、よほど前世で徳を積んだに違いない」と言ってるらしいです。

家族に身体の具合をよくする知識を持つ人が少ないようなので、余計にそう感じたのでしょう。

ちなみにグルジは家族に私のことを「この人はすごい毒舌だけど、とてもハートは綺麗な人だ」と紹介したらしい。

そんなこと言う?と言ったけど、私はグルジの言い分が腑に落ちないと、たまにはワーワー怒ることもあるのも確か。

ですがこのPanta ファミリーは私の毒舌の100倍上を行くすごさ。

私のレベルなんて、なんてことないベイビーレベル(笑

お母さんだけはやんわりしているのですが、他のメンバーは強烈なんてもんじゃないほど、毒舌の域を超える凄さです(笑

妹さんなんて、グルジがマイルドな人に思えるほど強烈!
こんな強烈な家族がこの世に存在するとは思ってもみなかったほど、私の人生で会ったことのないレベルの凄さです!

さて

2人の暮らしから3人になり、慣れるのにちょっと時間がかかったものの、だいぶスムーズに行くようになりました。

ただ問題はこの家!

ここに引っ越してくる前に大家さんと網戸を付けておいてくれる約束だったのに、「お金がないから付けれない」と付けておいてくれなかった。。。

騙されたぁ。

レントでカバーしてほしいと頼んでも、レントは別の使い道があるから網戸には使えない。いつか大きなお金が入った時につけるよと。

ここはすごい蚊が多いところなので夜に窓が開けれず、その上とても暑くなってきて大変なので、最悪ブッダガヤ内でまた引っ越しも検討中という状況です。

修行 第2ステージ

コロナウイルス、すごいことになっていますね。。。

インドでコロナが感染しているという報道は全く聞かないのですが、ただ検査をしていないからという説があるものの、本当にそういった症状で死者が出ていないのも確かなようです。

インドはコロナよりも前から移民に市民権を出さないという改正法で、今でも暴動がやまずコロナよりも死者が出ているような状況です。

この改正法を発表してから、2ヶ月半女性たちは永遠と家に帰らず外に座り込むというデモで応戦していますが、事は徐々に悪化しここ数日は発砲と放火で40人もの死者が出ていると報道がありました。。。

私たちの住むブッダガヤは小さな村のようなものですので、暴動などは一切ないのは救いです。

ただこの地は観光客で生計を立てているような地ですので、いろいろな人種が入って来ます。いつコロナが入って来てもおかしくないのでかなり警戒してマスクをして出歩くようにしています。

日本も次々と感染の報道が出ていますが、怖いですね。。。

マスクや手洗いくらいしか、防ぎようもないのでしょうが、どうかお気をつけください。

インドは日本人へのビザの発給を止め、入国を拒否しましたので暫くは日本にも帰れなそうです。

早く終息することを祈るばかりです。


さて、

人生には思いがけない事が起きたりしますが、私の人生にもそんな転機がやって来ました。

ブッダガヤに引っ越してきて1ヶ月が経ちましたが、まだ落ち着いていない状況です。

グルジのお母さんを見れる状況の人がいなくなり、なんとNYに住む妹さんから「お母さんを暫く見てほしい」と。

84歳になるお母さんはNYとネパールを行ったり来たりしてたものの、NYでは言語も通じずやっぱりネパールの方が心地よい。。。となりネパールに帰ってきたものの一人で暮らすには年齢的に限界で妹さんから暫く見れないかとの連絡。

そんな話がくるとは思わず驚きましたが、それも修行の一つと捉え快く受け入れました。

グルジを育てた母親ですし、私たち以外他に面倒を見れる人がいないという状況は、天界がお母さんをみてあげないさいと言っているのだと思っています。

妹さんはいずれNYからネパールに帰る予定で、半年から2年くらいの期間限定でみてほしいとのことです。

NYから帰省していた妹さんと一緒にネパールからインドまで空路で来てくれたら良かったのですがブッダガヤまでは乗り換えが必要で、スムーズにいかず2日がかりになってしまう。。。

ならバスか電車でとなったものの、陸路でインドに来たことがないので強盗とレイプが多いインドに陸路で来るのは怖いから迎えに来てほしいと。

陸路で直行バスで行っても20時間はかかるから、自分たちで来てくれー!と言いたかったのですが、インドに陸路で来たことのない人はやっぱり怖いのは確か。

その気持ちは十分わかるので、長距離バスでぎっくり腰になる恐怖を抱えながらもバスで迎えに行きました。

そしてインドにトンボ帰り。

直行バスは使わず、妹さんとお母さんを引き連れバスを二度乗り換え、その後寝台列車でブッダガヤまできました。
(陸路のイミグレでも医療機関の人がやってきて、熱があるか中国に入ったかなどチェックされます)

25時間後、朝の3時にブッダガヤに到着。

84歳のおぼつかない足取りのお母さんがよく25時間の陸路に耐えられたなぁと驚きました。

お母さんに比べたら半分の年齢の私たちですらボロボロになるほど疲れてグルジはまた咳が悪化してしまったのに、このお母さんは全然平気だった。。。(笑

疲労で風邪ひいたらどうしようと心配していましたが、杞憂に終わり自分のペースでのんびりやってます。

そんなわけで、引っ越してきてまた電気の配線のコネクションからのセットアップに続き、突然お母さんが来るとなったのでベッドを買いに行ったりあれこれと買い出しに追われ本当にブログを書く時間がないほど大忙しでした。


生活のリズムが突然お母さんが中心となり、グルジと私だけのリズムとは全く代わりました。
こういった新たな修行がやってくるとは夢にも思わなかったのですが、子供も持たない人生ですからこのくらいは貢献しないと。

グルジも慣れないペースに戸惑いが時々あるものの、最後に自分の母親を面倒みたいとどこか心の底でいつも思っていたのは感じ取っていました。

なのでグルジは魂のレベルでお母さんと一緒に過ごせていることをとても喜んでいます。

グルジのお母さんの人生のすごいエピソードも聞きました。
さすがグルジのお母さんだ!というくらい驚異的なお方です。

その辺のエピソードはまた次回!




ブッダガヤに引っ越してきました

今回の引越しはきつかった。。。

90%の物は全て自分でダンボールに詰めてパッキングしておき、引越しセンターには、「あと家具しかラップするものないから、すぐ終わると思う」なんて言ったものの、デスクや椅子やダイニングテーブルなど、必要最低限の物しかないのに全てパッキングするのに7時間もかかってしまった。。。それでもかなりサクサクと手際よくやってくれてたのですが、こんなに時間がかかるとは。

夜行バスは9時出発。

終わったのは1時間前でまさか昼から来てもらってこんなに時間がかかるとは。。。

1日中立っていたので、グルジも私も腰に負担が来てクタクタ。

私はぎっくり腰寸前だし。

バスの道中は道が悪くて、揺られまくりで寝付けず

その上すでに外は寒いのにエアコンガンガンに効かせて寒いから止めてくれと言ったら、今度は猛烈に熱い暖房に切り替わり35度くらいになり汗びっしょりで、暑くて寝れないから止めてくれと頼んだり。。。

やっぱりここはインドです。

結局全然眠れずに朝4時半にブッダガヤに到着。

このバスでとても良かったのが、家のすぐそばで下車できたこと。

それだけは救いだった。

下車したところでたくさんのリキシャがもう群がって来て、客引きバトル。

1キロ程度で歩ける距離ではあるものの、スーツケースがあるのでリキシャで家まで。

5時前に到着したにも関わらず、大家さんのお父さんはとても親切で、引越しセンターが到着するまで居間で横になってなさい。とお茶を出してもらいゆっくりさせてもらえました。

が、そんなにゆっくりする間も無く、6時には引越しセンターのトラックも無事到着。

このワーカーたちも大変。

ランチーで1日中パッキングして、その足で全員トラックに乗り込み8時間ドライブで到着し、荷物を全て上まで運び、天井のファンも取り付け、昼過ぎにやっと終わりました。

インドでは、働き手が家に来ているときはご飯を食べさせてあげるのが普通なのですが、引越しとなると、こちらもキッチンがないので、お昼ご飯代を渡して食べてきてもらいます。

通常ランチーでパッキングした人たちはパッキングだけでトラックには乗り込まず、ブッダガヤの現地の引越しセンターの人たちが荷を下ろしにくるのですが、引越しセンターのボスが「このお客さんたちは大切に扱った方がいい。お前たちが積めば、どれが壊れやすいものか把握しているし下ろすときも、どれを気をつけなければならないかわかる、だからお前たちもトラックに乗り込んで最後までやってこい。トラックはその後パトナの荷物を積まなくてはならないから、お前たちはバスで帰ってこい。」と言われたのだそう。

こんな大変な仕事あるんだ。。。と思ったけど、特別にトラックに乗り込み25時間ワークしてくれたらしい。

そんなわけで、何一つ壊れることなく(保険もかけたけど)紛失もなく、最後はお腹を満たせてあげて、本当に大変だったので感謝の気持ちでチップを渡して無事引越し完了です。

大変なのはここから。

この家はとにかく戸棚とか収納がない。。。

キッチンも下の戸棚を付けてもらっただけで、ベンチの上に戸棚はない。。。

これはインドでは全然普通で9割ないんです。

ランチーの家は収納が100%できていて今まで借りた家の中で最高に使いやすくて良い家でしたが、また収納が出来ない家に来たので、物が溢れたまましまうところがなくて片付かない状態。

明日は自分たちでキッチンの簡易棚を家具屋で作ってもらいに行きます。

落ち着くにはまだあと1週間はかかりそうですが、あとちょっとです。

今日は洗った食器を置く、ディッシュラックを購入しに町に出ましたが、通り沿いにある仏教寺院も参拝して帰って来ました。

無事引越しが出来た御礼の参拝も込めて。

中国の仏教寺院

ダージリンの仏教寺院

ここ、ブッダガヤは新しい寺院が次々建設されているようで、まだ参拝していないところもありますので、落ち着いたらゆっくりまわりたいと思います。

ジャールカンドの州長に会う


あと数日でブッダガヤに引越しです。

最後のランチーのひととき。

これからパッキングでバタバタする前に。。。

ここランチー市はジャールカンド州の首都になるのですが、このジャールカンド州に新しい州長が就任しました。

就任したソレン氏は、なんとジャングルの部族出身!

つまりインドの4つのカースト外の人なんです。

聞く話によると部族が州長になったのは初めてということです。

ジャングルの部族というと、腰巻に槍とか持ってそうですが、外観はあまり変わりなく普通の人です。

今年の初詣でたまたま滝があることに気づき、タクシーで寄った時の道中、部族の村がありました。
彼らの家は独特で、土壁でドアが150cmくらいと小さく、くぐって入る感じでこの人たちは通常森の中で暮らしているので街中で働いてはないんだそう。

車がある家も見た限りはありませんでした。(スクーターは2、3軒あった)

部族の人たちは街で暮らす人たちに薪を路上で売ったり、ジャングルの木の実を集めて売ったり。

とはいえ、ソレン氏はそれなりに勉強されたのでしょう。

ソレン氏が就任してから、就任祝いにあらゆるところから人々が花束を持って来るそうで、ついにTwitterに「就任祝いに花束を持って来てくれるのはとても嬉しいけれど、ずっと保存できるものでもないし、私に必要なものは知識であり本です。なので、就任祝いはお花ではなく本をください」と。

グルジがこのメッセージを読んで「これを見てくれ!こんなことが書かれている!」というので、

私は興奮して「すごい!こんな州長インドにもいるんだ?!グルジの本を持ってプレゼントしに行こう!」と提案。

ですが現実には大変忙しいだろうから、州長に会えるかどうかは定かではないのですが。

前話にも出て来たデリーに住むアルビンドとダダジが、一緒に州長に会えるように手配してみようと。

実際に行ってみると、数百人のすごい人。。。
ディズニーランドのアトラクション並みの行列。

こんな人数をまともに待ったら4時間待ちであろうとは容易に想像がつくほど。

ですがここでアルビンドが一役買って、お役人さんに「ネパールの著者と日本人が本を贈呈に来ているんです」と色々話すと、30分程度で大行列を一気にカットし特別ゲストとしてサクッと入れてもらえました。

全く物怖じしないトークが出来るアルビンドは、人を説得させるのがとても上手くこんな時にアルビンドがいると物事がとてもスムーズに行くので有難い。

州長と話せるのは一人(または1組)なんと1分なんです!

そうじゃないとあの大行列はこなせない。。。。

そして部屋に通され、州長に挨拶をし、グルジは「花束の代わりに本が欲しいとツイートされていたので、私の書いた本を贈呈に来ました。本の内容は宇宙学、経済、社会心理学などでこれからのインドはどうあるべきかなど今のインドの問題も書かれています。ジャールカンド州は、とても緑豊かなところ。ここは一歩間違えると緑をどんどん破壊して工業化してしまう。。。」とあらゆる角度からジャールカンドの問題点なども話した。

(グルジがジャールカンド州の問題点をよく把握していることにも驚いた。。。)

その上「ソレンさん、頼むから道を間違えないでくださいよ!もしあなたが方向性を間違えているなと思ったら、言いにきますからね!」とまぁすごい上から目線もいいとこ!

グルジもよくそこまで言えるよなぁと思うけど、この人哲学者とも言えるから、政治家はすぐに道を間違えるのをよく知っているので、そういったことを正すためにも執筆しているのであって、強気もいいとこ。
(日本人的な感覚ではちょっとあり得ない!と思ってしまうのですが)


でもソレンさんはとても感動していた。。。。


州長は問題点について色々と同意し、しかも他の政治家は(名前をあげてた)ウランを売るためにジャールカンドの自然を破壊しようと企んでいることがあるなど、シークレットな情報まで話していた!「あなたとはゆっくり話をしたい。こんな忙しいときに来てもらったので、改めて時間を作る必要がある。」と言い

テーブルに置いてあるブザーを押すと(ファミレスにあるウエイトレスを呼ぶボタン式のものをインドで初めて見た!)

5秒以内に颯爽と二人の男性が部屋に入って来た。

そして州長は「彼らはオックスフォード出なんだ。君たち、哲学の本だ。この4冊を全て読んで、あとで要点をまとめ私に説明してくれ」と。

そうか、州長ともなると大忙しなのでこんな難しい本は読まずとも、下に高学歴の頭のいい人がいればいいのか!と驚きと納得。

でも州長は一瞬、ちょっと待てよ。こんないい話はもしかすると。。。と思ったらしく

「あれ?もしかして、あなた何かしらの支援が必要とかそういうこと。。。?」とグルジに聞いてきた。これからもっと本を出版するのにお金を出して欲しいとか、そういうお願いにきたのだろうと一瞬思ったらしい。
(実際にはお金を支援してくれという話が山ほど来るのだそう)

グルジは「私はあなたからお金を支援してもらいたいとか、何かを貰いたいとは1%も思ってない。1ルピーもあなたから必要はない。私はジャールカンドにも住ませてもらったし、自分の持つ知識を提供したいだけだ。それがこの世の貢献になるならば」というと

「そういう人は滅多にないので、ちょっと驚いてしまって。。。」とソレンさん。

トークができるのは一人(1組)1分なのですが、話がはずみあっという間に15分くらい経過していました。

そして州長は2月に入れば落ち着くから、もう一度話がしたいと言っていましたが、私たちはブッダガヤに行くことを伝えると、ブッダガヤに行っても会うことは出来ると返されました。

翌日タクシーに乗ると、運転手が「あの、あなた昨日州長のソレン氏に会いに行きました?」と突然聞かれ、「なんで知っているんだ?」というと、ソレン氏のツイッターにあなたたちの写真が上がっていますよ。すぐにわかりました。と。。。

タイトルは「教育者TP PANTAと日本人のゆきえが彼の著書を贈呈に会いにきた」と(笑

グルジ、州長に相当気に入られた様子。


ツイッターの写真はこれではなく、グルジ、私、ダダジが座っているものですが、部屋の中にはカメラマンがいて、パシャパシャと撮っていて、アルビンドが「撮った写真を全部ください」とカメラマンにお願いして、貰った写真の中の1枚。

ちなみに私はオマケです。
日本人にサポートされているというだけでグルジは格が上がるじゃないですか(笑)
インドやネパールでは先進国の人が行者をサポートしているというのは、それなりの知識がないと絶対にサポートされないのはわかっているので、私がいるだけで「この人はただの行者ではない」と思われるところもあります。

それもあり私は隣にちょこんといるだけですが、どんな風にやりとりが進むのかを見れたのはとても嬉しかった。

ジャールカンド州のランチも最後となりますが、最後の記念日のようになりました。

グルジの叡智が何かしらこの世に貢献されることを祈るばかり。

26日に寝台バスでブッダガヤに引越しです。

ブッダガヤ

新天地探しへブッダガヤに行ってきました。

ブッダガヤは仏陀が瞑想をして悟りを得た地で、インドの中でも世界的に有名な地でもあります。

今回はニューデリーに住むお弟子さんで、アルビンドさんの親戚のマニーシュさんがブッダガヤに住んでいるということで、家探しに協力してくれました。

丁度仕事が週末お休みだったというのもあり、2日連続でグルグルと周ってくれ、探したのですが全くアタリなし。。。

(マニーシュはとてもシャイで口数も少なく、週末の折角のお休みまで使わせてしまってうんざりしてるだろうなぁ。。。と思っていたら、翌日仕事に行く前の朝にも一人で車を出してグルグルと家を見に行ってくれていたそう。こんな協力的な人はランチーには一人もいなかったので、有難いし嬉しいのはもちろんなのですが、こういう親切で協力的な人がインドにまだいるんだ。。。と正直驚きました。ちなみにブッダガヤでは会う人がみんないい人だったり親切だったりで、ランチーとは人柄がだいぶ違うので驚いています。)

ブッダガヤは直径3キロ程度の小さな町ですので、長期間探せるほども家もないというのが現実。。。

その中でもこの町で1軒、大学の教授が住む家があり、その教授がランチーに移転になるから聞いてみるといい。という話があったものの、その教授がどこに住んでいるのか住所もわからず。。。

これはだめだ。と3日目の終わりには99%諦めていたのですが、日も暮れて暗くなった頃、通りすがりの人に「〇〇さんという教授が住んでいる家はこの辺にありますか?」と聞いたら、「あー、そこの裏」と。

すごい確率で発見!

この教授は3月いっぱいまで住んでいるのですが、教授の上の階が建築が終わったばかりでまだ誰も住んでいないとのこと!

家のオーナーも1階に住んでいるのですが、夫婦ともに大学教授のリタイアなので、それなりの地位があってしっかりとした職なりがないと絶対に住ませないという厳しい審査。

「変な人間入れて問題が起きるくらいなら、空いてる方がいい」と言っているくらい。

初めは、どこの輩が来やがった?と言いたげに威圧的に睨まれましたが、グルジがどんな本を出版しているのかなど、哲学や色々な話をしたらも威圧的なオーラがハートでいっぱいになり(笑)「あなたたちなら、レントも安くていいよ!」って私たちに是非住んで欲しという対応に早変わり!
グルジのトークは本当に凄い。

「そうしたら、キッチンの戸棚とクローゼットつけてくれる?それから畑を作りたいから、土地使わせて欲しい」とお願いすると(内装が完全に終わっていない)「2週間あればキッチンの戸棚とクローゼットのドアをつけておくし、畑は好きなだけ使って。今は草ぼうぼうだから、ワーカーを呼んで全部耕しておくから」と。。。至れり尽くせり♡

しかも2LDKを2軒借りれることに。

1軒は私たちのオフィスで1軒はレジデンス。

グルジが本を出版をしてから、ジャーナリストなどミーティングに来る人もちょこちょこ出て来たので、そろそろレジデンスとは別にオフィスを用意しないとならないと思っていたのですが、2軒借りるにはちょっと費用がかかりすぎるしオフィスが遠いのも面倒だしと思っていたら、丁度隣り合わせの2軒が出来上がったところでほぼ1軒分の料金で貸してもらえることに!(2千円増しになっただけ!)

これは神の采配だと確実に思いました。

ということで、3日目にして奇跡的に移住先が見つかり、今月末に移転します。

ただ怖いのがこの地は49度にまで達するという、本当に死ぬほど暑いところらしいです。。。

今回泊まった宿のマネージャーの男の子が「ブッダガヤは暑いから涼しいランチーに移住する人は結構いるけど、涼しくて過ごしやすいランチーからこんなに暑いブッダガヤにわざわざ移住して来るという話は前代未聞だよ!」と言われてしまった(笑

ランチーの4ヶ月もの長雨に打たれるより、干からびる方が耐えられると思うので、移転します!



女医Kさんのはなし



ランチーは元旦からずっと土砂降りの雨でしたが、今日やっと雨があがったところです。

洗った服はカラッと乾かず、乾燥機もないので仕方なしにアイロンで乾かしたりと、まるで雨季のようでしたがやっと今日は久々の青空で洗濯物が乾き、やっと心も晴々!


さて、
数話前にも登場した、女医Kさんのお話しです。

Kさんが今回も他の方のためにもなるかもしれませんので、ブログに使ってくださいとご連絡を頂いたので、是非書かせていただきます。

Kさんのご主人とは大学から一緒で、とても仲の良い頼れる先輩という存在だったのだそう。

その後結婚し、今ではかわいい二人の子供もいます。

結婚してからというもの、何に困ったかというと、Kさんの性格が徐々に変わっていき、あの楽しかった仲良しの先輩と後輩の関係から一変、鬼嫁化してしまいました。。。

どうして鬼嫁になってしまったのかというと
ご主人は率先して何かをやってくれるタイプではなく、言われたことをこなすタイプ。

物事をきちんとマネージメントするのもそんなに得意ではないようで、Kさんがこうしなくてはダメと言えばその通りにやるというタイプなんだそう。

もっと頼れる夫なのかと思ったら、物事をサクサク出来ずに見ていてもイライラし、段々と口調が荒くなり、常日頃から厳しい口調での会話になっていってしまったとのこと。

嫌なのはご主人の率先してできないことだけではなく、厳しい口調で叱りつけている自分にもうんざり。

言われれば素直にやってくるご主人で、強く言い返すこともないので余計に罪悪感も募ってしまう。。。

こんな扱いしたら可哀想と思いながらも、変えることができずいました。

Kさんは本当にこんなふうになってしまった自分をどうにかしなければ。。。と今回は本気で向き合う気でセッションに挑みました。

ご本人は「この苛立ちの裏には、本当に見たくない何かがあるんです。怖くて見れない、見たくない何かが。。。。」と直感的に感じていたよう。

色々な角度から蓋を開けていきました。

そして最終的に辿り着いたところは、やはり両親の存在。

Kさん曰く、「私は立派な親に育てられた。そうずっと思ってました」と。

そこに疑いの余地はなく、Kさんが女医になるまでしっかりとサポートして押してきたと思います。

ただ、問題はその押しなんだと思います。

それは親の過大な期待。

「私は子供の時にいろんなことがスムーズにできなくて両親のイライラの元だったんだろうなと感じていたんです」と。


この期待にこたえないと私は愛されない。

期待に沿うよう、物事はきちんと出来ていなきゃならない。

こういったプレッシャーの中で生きてきたのです。

このような考えは無意識化し、そうするのが当然で、そのように出来ない人はダメな人。。。

私は期待にこたえられる、出来る人間でいなくてはならない。

そして周りもそうあるべきだ。

そのように人をも見るようになってしまっていた。

そしてご主人は物事をオーガナイズしたりがうまく出来ず、どうしてこんなことまで言われなきゃ出来ないのか!と苛立ってしまっていたのです。

その現実に向き合うと、親の期待通りの子供でいなくてはならなかったという呪縛の氷が溶けたかのように大粒の涙が溢れました。

期待通りの子供でいなきゃいけない苦しみに蓋をして頑張り続けた結果、仕事はできる人にはなれたけど、家では夫を潰してしまうというマイナス点が出てしまったのです。

立派な親に育てられたと信じていたKさんにとって、ここを向き合うのは本当に辛かったし、向き合うことに恐怖心をおぼえる程大きなことでした。

幸いご主人は、Kさんに言われることは「ハイ。」と二つ返事でこなすという、優しい方なのでお二人は何とか乗り切ってこれました。

でもご主人が怒らずにいるからこそ、Kさんも罪悪感になり、そろそろこの怒り癖をどうにかしなくては!!!と焦ることも出来たのだと思います。

Kさんに限らず、人は焦らない限り直そうとしませんし、特に「出来ていないと愛されない」というバックグラウンド(お育ち)でそれが当たり前になると、出来てない人を見つけては、「ほらあなたは出来てない」と言うことで優越感を感じてしまうので、まさかこれは自分の直すことと認識するどころか、周りが自分のペースに直さなければならないし、周りが直すべきことにしか目が行かなくなってしまう。

もし自分のこの癖を直すとなったら、出来ないご主人をそのまま放っておくことになるし、そんなことは彼女の感覚では許されない。他人ならまだしも、夫ですし。自分がこの癖を直すなんてまるで自分も出来ない人になるかのような、出来ない人にあわせるだけで、不利益ばかりを作り出すかの錯覚にすら陥ったことと思います。

彼女の中では

出来ない人=愛されない

があった。

私たちの幼少期には、愛されないことほど怖いことはないんです。。。

だからKさんが、ここに向き合うのがどれほど怖かったかよくわかります。

でも実際には、その思い込みの事実と向き合うことで、自分は自分のペースをキープしながら、自分と同じペースで出来ない人にも寛容に受け入れられるようになる。

”自分はできる人”アピールで優越感に浸らなくて済むようになるだけです。

物事はきちんとやるけれど、完璧に出来る人じゃなくても大丈夫なんだと安心できた時、自分で自分を許すことができるようになります。

そうなれたら出来ない人にも優しく指導できるように自動的になれるはずです。

”自分は出来る人”アピールで、優越感に浸り人を落とすパターンの人は、一つだけ気づいてないことがあります。

周りはその人のことを”すごいできる人”とは見ていない。

むしろお節介とか、面倒な人と思っている。。。。

そこに気づかない人もいます。

Kさんの場合は家では鬼嫁になってましたが、職場ではそういうアピールタイプではなく、とても真面目に仕事に取り組み周りからも好かれる高評価なお医者様です。

笑顔がとても可愛く、気さくな雰囲気を持つので、”Kさんが家ではそんな?!”ときっと誰も想像がつかない程です(笑

期待通りにやらなきゃという呪縛が浄化されたいま、

Kさんはわだかまりなくご主人に話しかけられていて、もうあんな態度を出さなくていいんだと安堵だそうです。

Kさんとは2015年からのお付き合いになりますが

毎回少しずつ殻を破り、一歩ずつ前進しました。

玉ねぎの皮を外側を剥かずに、突如中心に到達することはないように、やはり奥深く入り変容するには時間がかかります。

これまでKさんの心はあらゆる層で凍りついていたので、感謝の気持ちを感じることがあまり出来ずにいたのですが、ここまで頑張ってきた結果、やっと感謝の気持ちを感じ、心をオープンにできるようになったと喜びのお便りを頂きました。

ひとえにKさんの努力の結果です。

感謝の気持ちは感じられても、感じられなくても生きることは出来ますが
感じられることがどれほどハートからの深い喜びや慈愛に触れ素晴らしい感覚かKさんご自身で実感されていることと思います。

心から嬉しく思います。



HAPPY NEW YEAR !!!



明けましておめでとうございます!
本年も宜しくお願い致します。

ランチーで年越しをしたのは初めてで(昨年はアムリトサルで年越し)

うちから60キロほどのところにある、まだ参拝したことのない寺院に初詣に行ってきました。

昨日までは晴天だったのに、元旦初日から怪しい雲行き。。。

6時に起床し、8時にOLAのタクシーを呼んで出発。

バスでも行けるのですが、バス停までタクシーで行って、バスに乗って、そこから歩いて。。。とやっているともっと時間がかかり雨が来てしまいそうなので、手っ取り早く今回はタクシーで行くことに。

とはいえ、インドは安いですから。。。

往復120キロ(6時間)を予約しましたが、2300円程度です。

とてもカラフルで可愛らしい寺院。

様子を伺うと、長蛇の列。。。

普通に並んだら寺院の中に入れるのは4時間後だそうで。。。

ランチーの人々は結構お正月の初詣をするらしい。
(前話でインド人はあまりお正月を祝わないと書きましたが、訂正で場所によっては祝うということを知りました)

タクシーの運転手にお正月を家で祝うのか聞いてみたところ、
「ランチーの人たちはお正月は肉と酒!ここの土地の人はみんな鶏を買いまくっているよ」とのことでした。
確かに道中、肉屋が人だかりだった。
なるほど。土地によって祝い方も違うようです。

さて、話は戻って。
こういう長蛇の列の時は、寺院によっては特急チケットが販売されていて、一人1000円程度払うと、4時間の列をカットして入ることができたりしますが、この寺院はそういうチケットは販売されていませんでしたが、司祭にお金を払い、捧げ物を購入すると、列に並ばず司祭と一緒に入ることができ15分程度で参拝を終えることができました。

これがお供え物で、一皿約150円。

あっという間に終わった初詣だなぁと思ったのですが、タクシーの運転手が、ここまで来たからもう一軒寺院があるから、寄っていったらいいと同じ道路沿いにある寺院に連れて行ってくれました。

ここは人も少なく寺院も綺麗でとてもよかったです。




そしてさらに進むと、「滝」と書かれている看板。

運転手に、ここに滝あるの?と聞くと、10キロ中に入るけどありますよ。

すごく大きな滝で見ごたえあります。行きますか?と聞かれて、行ってください!とお願いし、全くの予定外に寺院2か所と滝つぼツアーになった。

ランチーに滝がいくつかあるのは知っていましたが、かなり遠いと聞いていたのもあり、自家用車があるわけでもないので、行ってませんでしたがたまたま初詣の寺院に行く通り沿いだったので、幸運なことに滝つぼも寄れることになりました。

滝の上から下まで、たくさんの人。
みんな昼食を持参しているんだけど、お弁当持参の人たちから、巨大な鍋に野菜、ガスまで持って来て調理している人たちもいました。
(カセット ガスコンロではなく、ガスシリンダーを持ち込んでいた!)
さすがインド人!

ちなみに、私は「水」が大好きなので、海、川、滝など綺麗な水のあるところに行きたがるのですが、グルジはいつも「滝なんてネパールにはいくらでもあるからさぁ。とりわけ見にいきたいとは思わない。。。君が見たいというから行くけど」と毎回シブるのですが、到着してその美しさを見ると
「これは素晴らしい!来て良かった!」と絶対言うんですよね。

お天気も崩れそうなのもあり、眺めてこの素晴らしいエネルギーを吸収して、サクッと帰って来ました。

帰ってくると、雨が降り出し、雨からも逃れて回れた初詣タクシーツアーでした。

これから新天地探しなのですが、
数日お天気が崩れるようなので、お天気が回復し次探出発する予定です。

予定ではブッダガヤです。
(理由は特になく、グルジがブッダガヤにしようと言うので。)

ブッダガヤは行ったことありますが、仏教寺院がたくさんあるところでかなり暑く、ドライな印象が。。。

まだ寺院エリアしか見ていないので、これからレジデンスエリアを見に行ってみたいと思います。


アルカリ水

ついに大晦日!

日本だとおせちに紅白やカウントダウンでお正月ムードいっぱいですね!

インドではニューイヤーに寺院を参拝する人々もいますが、特別な料理も一切なく、(それは10月の一番大きなフェスティバルにおこなう)普通の平日のように過ぎます。

1度ニューイヤーにインド人の家族の家で過ごしたことがありますが、食事はいつもと同じチャパティと野菜炒めだったのには一瞬驚きましたが、インドではクリスマスはなく、ニューイヤーもあまり祝わないので、文化が違うとこんなふうに普通の平日のように過ぎるのかぁと驚きました。

でも「ハッピーニューイヤー!」とは言い合うんですけどね。



さて、話は変わって

最近アルカリ水を飲むと咳がとまるという情報が入り、試してみることに。

日本では浄水器のボタン一つでアルカリ水が出るので便利ですが、インドにはまだその手の浄水器は流通してないよう。。。

電気が24時間あるわけではないので、電気なしでは水が出ない浄水器はあまり売れないんです。こちらに流通しているのは、電気の浄水器ではありますが、すでにろ過した水を溜めておけるタンクが内蔵されているタイプで、常に6Lくらいは溜めおきされているんです。

そういったタイプですと電気がなくても溜めおきされた水があるので、数時間電気がなくとも安心ということです。

アルカリ水は家でも作れるのか調べてみると、これまた簡単に作れちゃうんですね。

浄水された水に、レモンのスライスを前夜に入れておく。
4Lに対する水に小さじ1の重曹。

これでアルカリ水が出来るのだそう。

ということで、早速やってみました。


飲んでみると、グルジがみるみる別人のように元気になっていった!

こんな簡単なことで咳も止まり、オーラも別人のように明るくなりました。

でもそれだけではなく、グルジは牛乳を飲むのをやめました。
牛乳は身体を酸性にするし、痰が出やすくなるので。
(ちなみに、インドの牛乳は不健康だから飲むのをやめさせようと何年も言っていたのですが、幼少から牛を飼っていて新鮮な牛乳で育ったので牛乳をやめるのはとても苦痛らしい。。。)

私自身もアルカリ水を飲んでみました。

なんと頭がスッキリ!

消化にもいいし、あらゆる病気を治癒するのだそう。

これは一生続けなければ!

グルジは頑張って1日2Lのアルカリ水を飲み始めると、なんと7分走れるようになった!(喘息患者が走るのはとても大変なことなんです)

ちなみに日本の実家ではアルカリ水がボタン一つで出る浄水器を使っていますが、そのアルカリ水を飲んでもそんなにスッキリするような感覚を感じたことはないなと思いました。

このレモン重曹アルカリ水は飲んだ直後にすごくスッキリ感を感じるので、私はこっちのアルカリ水の方が好きです。
(腎臓等の疾患で減塩しなければならない方は重曹は入れない方が良いそうです)
レモンだけでも十分効果があります。

もし体調が優れない方がいましたら、是非アルカリ水を飲んでみてください。

意外に薬よりも効果があるかも?

グルジのようにアルカリ水で元気になっちゃったーなんてこともあるかもしれません。

来年もみなさんが健康で笑顔に溢れますように!

良いお年をお迎えください☆

早朝ウォーキング

今回のセッションも無事終了しました。
今回も感動がたくさんありました。

27日まで延長しておこなっていましたが、セッションのご案内を出してから、インドでは「国籍法改正」が発表されヒヤヒヤ。

どういうことかと言いますと、近隣国からの移民でイスラム教以外には市民権を出しますが、イスラム教徒には出しませんと。。。

そんなことして大丈夫なの?と思いましたが
全然大丈夫じゃありませんでした。。。

インド全域でデモとなってしまい、デモが起きているところはネットが切断され夜間外出禁止令が出ています。

私たちの住むランチでデモが始まったら、セッション中にネットが一切使えなくなるので、一瞬緊張感が走りましたが、幸いここは平穏に過ぎました。

このデモはヒンズー教の人たちもたくさんいるというのが驚き。

ご存知の通り、ヒンズー教はイスラム教を敵視していて、いつも張り合り、昔からお互いの寺院を壊しあったりもしてきています。

それもありパキスタンをぶっ潰そう!というニュースが出ると、もう国民は大盛り上がり。モディ首相も支持率を保つために、パキスタンをぶっ潰す戦闘機を19機買いました!なんて言って国民の支持を得ているんです。

その勢いで、これからはイスラム教には市民権を出しません!と発表し、彼としてはこれで大盛り上がりでさらに支持率を保てるだろうと目論んだのだと思いますが

まさかの大転倒。

ヒンズー教徒が「これはヒンズー教とかイスラム教とかいう問題じゃない。国としてあるべき形ではない。これまで住んできた人間に市民権を出さないなんて、全く民主主義ではない。」と怒りまくっているんです。

つまり、政治家がイスラム教を追い出そう!と煽っているだけで、大半の国民はお互いを嫌っていない。。。。というのが現実だと明るみに出てしまったんです。

政府側は引くことも押すこともできず、デモが収まるのを待っているようですが

まだまだ収まりそうにありません。。。。

しばらく様子をみるしかないようです。




さて、セッションが終わった翌日は12時間死んだように眠っていました(笑

目覚めるとパキーン!と充電完了。

年末の大掃除!

そして今日はまだ行ったことのなかった、近くにある小さな寺院を参拝です。

実はランチで早朝歩くのは初めて。
早朝にいつも寝始めていたので。。。

セッションの時は朝早起きのスタイルになるので、ついでにこのまま早寝早起きスタイルをしばらくやってみようと思います。

朝の空気はやっぱりいい。

道中かわいい蔓になる実を発見。

寺院までは2キロほど。

グルジとトコトコと民家の細い道を抜けると
なんと巨木のタマリンドの木を発見!
タマリンドで作るソースはとてもおいしい。

オーストラリアで庭にこの木を植えたけど、うまく育たなかった。。。
あまり気候が合ってなかったのかも。
こんなに大きくなる木だったんだぁと感動。

寒いので麻布をかぶせてもらっている子牛。
まだ人を恐れていないので、すごい近づいてきてカメラなめられそうになった(笑

うちから2キロ内陸側に入るだけでこんなに大きなスポーツ広場があるとは。
朝からクリケットにバドミントンとスポーツが行われていました。みんな朝から元気です。

ついに寺院に到着。
小さな寺院ですが、地元の人たちはこの寺院によく来るそうです。

この地で無事に暮らせたので、お礼の参拝を込めて。

朝はまだ7度くらいでとても寒かったのですが、帰路では一気に気温が上がりとても気持ちよかった。

さて、これから新天地探しです!