パラシュナート 二日目

山を登り終えた翌日、酷い筋肉痛でガクガク。

でも街にある寺院は参拝しておきたかったので
夕方の電車の予約まで、歩くことにしました。
(あの痛みは横になっていると、数センチ動かしただけでも悶えるので
むしろ杖を持ってでも歩いてしまった方がマシだった)

まずは前日宿を紹介してくれた人のところにお礼を言いに行こうということで、立ち寄るとお茶をご馳走になり雑談が始まった。

宿のマネージャー、ディーパックさんはジャイナ教徒。

グルジに色々話を聞いてきた。

「神についてはどういう見解を持っています?」と何とも唐突に極言から入ってくる。

実はこの質問はよく来る。

グルジは「これは一言で言うのは難しいトピックだからな」といつものように、避けようとしたので

「なーに言ってるんですか!そう言ったことについても本を書いてるのにそれを簡単に説明できないってどういうことですか!2、3行でうまく言えるでしょう!」とビシッというと

本当に手短にうまくまとめて答えた。

時間を費やして話を聞かせた方がいいなんて思った人もいないので、実は押したのは初めてだった。

ジャイナ教の宿のマネージャーは頷きながらとてもその話が気に入った様子。

その上グルジはジャイナ教のダメなところもバッサリ指摘。

まさかジャイナ教徒に直接そこまで言ってしまうなんて!とヒヤヒヤしましたが

お相手はなかなか器の大きな人で、「全くその通りだ!」と同意して逆に
”本物の行者だ”と判断された。

この会話が大層良かったようで、何かひらめいた様子で時計を見て

「今丁度ジャイナ教の高僧の人が食事を始める時間なんです。見てみませんか?僕が連れて行かないと見れないんです。案内しますから。とても珍しい食べ方をするんですよ」と。

私たちは「是非!」と言ってジャイナ教徒の住居に案内してもらった。

そこでは女性が食事をしていた。

まだ若い子で愛想よくとても可愛い女の子だった。

3人の中年の女性たちが一つずつ食事を手に直接のせている。

食べるときは両手を器のようにし、絶対に左右の手が離れてはいけない。小指ひとつでも繋がっていればいいが、完全に離れてしまった場合は、その場で食事を中断。

そこから24時間、翌日まで一切食べることができない。

食事も飲み物も1日一度のみ。

(溜め食いのせいか、ジャイナ教はお腹が大きい人が多い)

次に寺院に移動。
寺院の入口を入ったところにゲートのついた一般人の立ち入れない一角に大きな部屋があった。

どうやら行者の食事処らしい。

ディーパックさんはジャイナ教徒で皆顔を知っているので、そこに入り
「私のゲストです」と紹介された。

そこにはなんと、素っ裸の高僧が立って食事をしていた。

その行者はやや不快に感じたのか、言葉を発さず
「行け」とジェスチャーで門の外に出るように言われた。

ディーパックさんが「写真撮りたかった撮っていいよ」と。

でも行者は確かに見られることを不快に感じているジェスチャーを出した。

「怖くて撮れないです。。。」というと

「大丈夫。僕がここにいる限り大丈夫なんだ!いいから撮っていい!」といい
さらに行者に「こちらは日本から来た方で、僕のゲストです」と念をおすと
「好きにしろ」と言いたげなやや柔らかいエネルギーに変わった。

ジャイナ教は二派あるらしく、服を着る派と全裸派がある。

全部脱いじゃうのも、それなりの地位に来ないとできないんだそう。

この全裸の高僧は、夏でも冬でも一切着ない。

食べるときは必ず立って食べる。落ちたものは拾わない。指が決して離れないようにして食べる。

チャパティも祭司が小さめにちぎって手にのせて両手が離れないように口に運んでいました。

寺院内での食事の様子

 

まだ高僧じゃない場合は座って食べる、高僧になると立って食べるのだそう。

これが高僧の食事の仕方でした。

この全裸高僧は本当に不必要なものを抱えていないというか、服と一緒にエゴもみんな捨てましたといった綺麗なオーラでした。

でもみんなではないようで、その後もう一人若手の全裸のジャイナ教徒がいましたが、裸のわりにかなりエゴが強くて「俺はすごいんだ!」エネルギーが振りまかれていましたね。

でもこうしてみんな一歩ずつ変容していくのでしょう。

全裸のジャイナ教徒はなかなか謁見できる機会はなく、一度だけ旅先の道中、先頭だけが全裸で残りは服を着た20人くらいの団体が歩いているのは見たことがありましたが、こんな近くで食事の仕方を謁見できたのは貴重な体験でした。

服を着ているか着ていないかは大した問題ではありませんが
(インドは強烈な人種の密集国みたいなものですから、服を着てないくらいはそんなに驚くに値しない。。。)

どのくらいエゴや執着を捨てて、「行」の成果が出ているのか。
そのエネルギーを近くで感じるという経験が本当に貴重でありがたい。

ちなみに、食事を手にのせている祭司も、とても誠実そうな綺麗なオーラで
どういうわけかクリスチャンの牧師にしか見えなかった。(彼の前世がそうだったのかも!)

こう振り返るとディーパックさんに会うために、宿の予約なしで探したんだなと
神の采配を実感しました。

さすがグルジのトーク。
あれで気に入られたので、連れて行ってもらえたのですから。

グルジには、「この国はやっぱり宗教大国ですね。なんでもありというか、法律がないというか、日本ではジャイナ教だろうがなんだろうが、道を全裸で歩いたら逮捕されるんですよ。。。でもこの国では崇められる。。。すごいですねこの差は」というと

「人が崇めるから、こんなことするんだよ。崇められないならやらないんだよ」と。。。

なるほど!
そこがあったか!

全部脱いじゃうことでエゴも何も捨てられるならやった甲斐があるでしょうが、脱いでも捨てられないなら、生まれ変わった時には「そんな極端なことはやめて服を着て修行しよう。。。」と思うのかもしれない。

ちなみに彼らは2つのものしか所有しないそうで

一つは孔雀の羽を束ねた箒。

もう一つは、コモンドルと言われる飲み物を入れる器。

歩くときはこの二つを持って出かけるのだそう。

ジャイナ教の寺院に飾られていた絵。

ジャイナ教は金属を使わないのと生き物を殺さないことを徹底しています。

なので、道中歩いているときに虫を踏まないように、孔雀の羽の箒でさっさと虫を払って歩く。

歩いているときに口に虫が入ってこないようにマスクをしている人もたくさんいます。

たとえ頭にシラミが湧いても、殺さずくしで落とす。

(このご時世シラミなんてわくの?とお思いかもしれませんが、この国はシラミくらいまだ普通です)

金属を使わないので髪の毛やヒゲも切ったり剃ったりはできないので、ある程度伸びてきたらすべてむしる!
顎なんかむしり後が赤くなっていて、痛々しいのなんのって。

(どうして金属を使わないのか理由を聞いたのですが、彼らもどうしてかは知らないそう。昔に決められた規則らしい)

それと根菜は一切食べない。根菜を引っこ抜くということは、その植物を殺すということになるので、ジャガイモ、人参、大根、玉ねぎ、ニンニクなどは一切食事に入らない。

今回は運良くジャイナ教のアシュラムに泊まれたのもあり、1階には大きな食堂がありました。根菜なしにどれくらい美味しくできるのか興味深々でしたが、料理は私たちにとってはちょっとスパイシーで油っこかったですが、予想以上に美味しかったです。

今年初のパラシュナートの旅、一発目からかなりのインパクトのスタートです。