親子関係のカルマ

女医Kさん 前話の続きになります。

2) 母に対する怒りについて

Kさんとはあらゆる内容のセッションをしてきましたが、その中でもKさんの性格や人生に対する信念、自己評価などを決めてしまう根源となったところがこのお母様との関係であることは否めないと思います。(もちろんお母様の存在が全てを作り出したのではありませんが、ネガティブな影響が大きく出てしまったのは確かです)

母親は褒めたり、認めたりすることもなく、愛されている、ケアされているという思いもKさんの中では湧くことはほとんど無く、むしろ逆で、認められない、愛されてないと感じる思いでいっぱいになっていました。他人にでさえ心を開いて愛を与えるということも、頭ではわかっていても心では追いつかない。。。そんな人生でした。

これまでもセッションをする中で、お母様の話題が上がったことも何度かあります。
ご本人ももっと向き合ってみようとあるとき、母親に電話をして本音をぶつけてみました。

もっと理解されたかった、認めてもらいたかった、話を聞いてもらいたかった。。。

ずっと寂しい思いをしてきたことなど打ち明けたのだそう。

彼女の中で言いたくても言えなかった、つかえが抜けたことはとても大きなことだと思います。

ですが日が経つと、やはり納得のいかない苛立ちが上がってきてしまう。。。

そして前世を見てみると、

前世でも親子だったんです。

しかも逆バージョンで。

Kさんが母親で、お母様が娘。

前世でのKさんはおばあちゃんに育てられました。

いつも「お前は何もできない!」と酷い虐待を受け、心は荒んでしまいました。
自尊心はボロボロで人を貶めることで自分の自尊心をあげておくことしかできず、(実際には上がってないのですが)何か良いことがあっても喜ぶことを知らない、感謝することもない性格となってしまったのです。

前世でのKさんは子供を生みますが、そこで生まれてきた女の子が今世での母親になります。

Kさんは自分がおばあちゃんにやられたことをそのまま娘にやります。
「この役立たず!」といつも罵倒し、娘は言い返すことも出来ませんでした。

娘は大きくなると結婚し、実家を出ますがお互いに裕福ではなく質素な暮らし。娘は年に1度は顔見せに行こうと、大きなお肉を持ってKさんに会いにいきます。
当時の暮らしでは、たくさんお肉が食べれるのは年に1度だけ。

ですがKさんは「この娘は滅多に帰ってきやしない!」と折角のお土産に対する喜びもお礼も表現することなく、嫌がらせな言葉だけを浴びせてました。

そのうち娘は、「もうこんな目に合うのは嫌だ。。。」と帰るのを3年に1度、5年に1度と10年に1度と母親から遠ざかっていきました。

この話をKさんにお伝えすると、「それは(前世の娘は)今世の私とまるで同じ。。。私が先にそんなことをやってしまったんだ。。。ドカンと頭を打たれたような衝撃です。。。」と言っていました。

これがカルマです。

因果応報。

やったらやりっぱなしはない。

やられた側は悔しい思いを握りしめ、いつか仕返してやりたい。。。という念を持って死に、やってしまった側はどこかで、やってはいけないことをした。。。という後悔を持って死にます。

嫌がらせをやる側を経験し、後悔し、嫌がらせを受ける側を経験し、もう決して恨まず流すと決める。

これが魂の進化です。

もしここでKさんがまた仕返してやりたいと思って今世を終えるならば、来世で復讐劇の続きが始まりです。

お分かりの通り、堂々巡りになるだけなんです。

お伝えしただけでも「そういうことだったのか。。。」と握っていたものが落ちますがここで終わりにはしません。

前世から恨まれたエネルギーや、自身の後悔を浄化することで、目に見えない前世から背負ってきた重さが抜け、新たな関係のスタートが切れるようになるんです。

前世のエネルギーを浄化したことで、相手が別人のように突然優しくなったりすることも多々あります。
またはなぜか付き合いやすくなったり、お互い笑えるようになったり。

Kさんはこれまでの大きな恨みはもう落ちたと思います。
引っかかりが無くなれば、老後の母を優しくいたわることも自然と出来るようになることと思います。

これで母親との間のカルマの終焉です。

お母様との関係はまるで大きな氷の塊のようで、この氷があったがためにKさんはどうも、人に対して愛情を与える、感じるというところの感覚が鈍くなっていたんです。
ですが今はその氷が溶けたことで心の中の温度も上がり、他人に対する愛情や自己愛もこれからもっともっと感じられるようになってくることと思います。

こんな状況でしたが、Kさんはいつも笑顔が素敵な方で、子供たちにはちゃんと愛情をかけることが出来ているのは本当に救いで、母親として立派に頑張っています。



前世からの恐怖症

今回のセッションは予定よりも延長になりまして、数日自己浄化期間でゆっくりしていました。

覗いてくださっていた方々、なかなか書けずにいてすみません。

セッション期間中は晴天の日々が多く、雨も1、2度ほんの少し降ったくらいで、すっかりモンスーンも終わったんだなぁとホッとしていたら、またやって来ました、大雨!

モンスーンが振り出しに戻ったかのように朝から晩まで、降りっぱなしです。。。

インドはダサインという1年で一番大きい、日本で言うならお正月なみのフェスティバルが始まりました。

日本でも年末の大掃除をしますが、こちらではダサインの大掃除!

そんなに大きな家でなければ外壁の塗替えもこの時におこないます。

みんな窓を拭いて、モップがけしてと大雨の中掃除に大忙しです。



さて、
今回のセッションの後で、女医のKさんが「最初に幸衣さんと出会ったころからブログを読ませていただいて、人生や生まれ変わりの意味を他の方の事例を通して知ることで、考え方も少しずつ変わってきました。私の話も教訓的なので、ブログに書いてくださって大丈夫です」とメールをくださいました。

有難く書かせていただきます。

Kさんの今回のセッションのご依頼の内容が3つ。

1)クモ恐怖症
2)母に対する怒り
3)おじいちゃんについて でした。

折角ですので、何かしら参考になるかもしれませんので、全て書かせてもらうことにします。

Kさんとは、初めてのセッションから4年のお付き合いになります。
これまでも色々な内容がありましたが、まさか「クモ恐怖症」を抱えていたとは知らず驚きました。

まず浄化する前に、なぜそんな恐怖症になっているのかを霊視。

今世で特にクモに噛まれたような経験やトラウマもないのに恐怖症を持っている方は前世の記憶が出てきているんです。

Kさんも、まさにそれでした。

この前世でKさんは男性で、ジャングルの中を3人で歩いていると、小さなクモがたくさん繁殖しているところに足を踏み入れてしまったんです。

この小さなクモが恐ろしい毒蜘蛛で。。。

すぐに引き返したものの、片足は倍に腫れ上がり、何ヶ所もたくさん噛まれたことで神経もおかしくなり頭も朦朧とし、まともに考えることもできず1ヶ月は寝たきりになってしまいました。翌月には少しずつ歩けるようになり、幸い2ヶ月後には回復しました。

が!この前世ですでにクモ恐怖症です。
家の中にクモが入ってきただけでも恐怖でパニックになるほど。

これが前世のクモ恐怖症のトラウマとなったストーリー。

浄化に入る前にクモを想像してもらうと、写真も見てないのに
「うわー怖い!本当に怖い!うわーダメだ!」と物凄い反応。

そこでその恐怖と前世のトラウマが繋がるエネルギーを浄化。
そしてもう一度クモを想像してもらうと、
「嫌だとは思うけど、もうそこまで怖いとは思わなくなった。あれ?なんか大丈夫かも?」とすっかり落ち着いた様子でした。

これでもうパニックになることはないはず。

前世から作り出している「恐怖症」とサヨナラです。

ちなみに別件になりますが、閉所恐怖症の方とワークしたことがあります。
前世で生きたまま棺桶に入れられ、生き埋めにされているシーンが見えました。

それをお伝えすると「映画で棺桶に生き埋めにされてるシーンを見たとき、あまりの恐怖心に、なんでこんなに怖いんだろうと思ったのをよく覚えているのだけど、自分の前世の体験だったんだ。。。。」と驚いてました。

このケースもその経験のトラウマを浄化し「閉所恐怖症」とサヨナラです。

今世でトラウマになる経験もない恐怖症は、意味不明でとても厄介なことだと思いますが、前世からの記憶を掘り起こし浄化することでこれまでのパニックから脱却し、落ち着いた状態で暮らせるのであればとても嬉しく思います。

Kさんの2)と3)の話は追ってアップしていきます。




眠っている能力

 

才能や能力は意外なところに意外なものが潜んでいたりするんです。

自分は才能がない。。。とか得意なものがない。。。とか思う人もいるかもしれません。

確かに今世ではとりわけ目立つものがないと感じるかもしれないけれど、自分の前世にもないし自分の両親や曾祖父母や先祖にも何一つ才能がないと言うことはあり得ない。

前世や血縁の才能も含んでいる集合体が自分。

 

得意なものがないというより、感性が沈んでいて得意なものが上がってこれないだけかもしれない。

 

また誰かが持っているエネルギーを自分にもダウンロードしちゃうことだって出来る。

例えば「写真家になりたい」とする。

自分の好きな写真家がいたら、その人を対象に瞑想するんです。

そしてその人の持つ才能を感じ取ることで、自分にダウンロードされる。

パソコンのように5分でとはいかないので、時間をかける必要があります。

 

または前世で積んだものが突如/徐々に現れることもある。

グルジは科学や天文学、心理学を総合して研究しているのでそういう話題しか上がらないのですが、(基本的無駄話がないので、どんなトピックが上がっても全て学問に繋がるようになっていく。これが楽しいんだ!)

 

5年前に
「君は天文学はもう学んでいる」と突然言ってきた。

私は「天文学はわからないし、興味ないし、痒くなる。水金地火木・・・・とかの並びを知ってるくらい。というか好きじゃなさすぎて困る。。。惑星と心理が繋がっているのを知っているのにどうやっても天文学って考えるだけで痒くなる。勉強すること自体が絶対無理」と言っていた。

 

確かにグルジからしてみると、天文学は私が知らなすぎて話し相手にならない。

それでもグルジは「興味がないんじゃない、もう前世で相当勉強したからだ」と言っていた。

そうは言っても、好きにはなれず。
でもそれをきっかけにちょっと宇宙について瞑想し始めた。(本は難しすぎて痒くなるから本より瞑想したほうが早いと判断した)

が、簡単な内容じゃない。

時間もかかるのでちょこちょこと気が向いたときだけ瞑想していた。

 

それから3年後

「聞いて!グルジの前世の一つがハッキリ見えた!ヨーロッパの大学の教授で天文学じゃないかな、教えてたの。それで自分の独自のセオリーを発見してそれを発表しようとしたとき、もう受賞は確実だった。でももう一人の教授が自分のセオリーで賞を獲得したいから、グルジに「お前がそのセオリーを発表したら殺す」って脅しをかけてきて。。。

舞台に上がることすらできなくされてしまった。でもそんなんで怖じけるような男じゃなくて、自分のセオリーを一番若い教授に全部渡して「いいか、一晩でこれを全部読んで理解して明日これは自分のセオリーだと言って発表しろ。」と言ってあげてしまった。

その若い教授は「自分がこんなセオリーを出すことなんて出来ないのは誰もがわかっていることで。誰も信じないと思うけど。。。」と言っても

グルジは「いいからやれ。それでお前が受賞しろ。」とまさかの展開となった。

結果、脅した男は受賞を逃し、若い教授が受賞した。

この若い教授は受賞後、誰もが疑うのはわかっていたので「これは自分のセオリーじゃありません。あの教授のセオリーなんです」とみんなに言ってしまった。

が新しい理論なんてそうそう出せるものじゃなく、その前世ではこの機会が最初で最後、壇上に上がることは出来なかった。

その悔しさが今でもまだ残っているから、新しい理論を掴みたいという野心が半端じゃなく今世でもあるという流れ。」

 

ということを話した。

グルジは「どこの国だった?」と聞くので、「ドイツだと思う」と答えた。

 

それから2年後、

グルジが

「思い出したーーーー!!!! 南ドイツの大学だ。ハッキリ見た。天文学を教えていた教授だったときの大学は今でもある!たった200年前の話で、その大学を見たらここだってわかるはずだ。しかも君もいた!君はその大学の生徒だったんだよ!この大学一のヤバイ生徒でね」と話していた。

「ちょっと。。。。そのヤバイ生徒って何?」と聞くと

「君は全教授が誰も君とは目を合わせようとしなかったほど、際どい、難しい質問をガンガン投げつけてくるんだ。他の教授は誰も答えられないようなことばかりで、唯一座って話し合って答えることができたのが私だけだったんだ。」

と聞いた瞬間

私の中で電流が流れるような感覚が走った。

そこから突如、前世で勉強した天文学が突然頭の中で開くようになり、グルジの言っている天文学がものすごい簡単に聞こえるようになってしまった(笑

今まで天文については多少の質問程度で、大して話し相手になってあげれないレベルだったのに!

それがいきなり、本当にいきなり、グルジの言う理論に対して

「そうじゃなくて、その観点を話すのなら地球の質量と月の質量を割り出さなくてはならないし、それにブラックホールからの距離も知る必要がある。そこをきちんと割り出す前にそんなセオリー話したってダメ。光と闇についての理論は簡単に言えばこういうことなんだよ。」なんて言っている自分がいて

自分でも誰だかわけがわからなくなっていた。

グルジは「私が何ページにも書いてきていることを、一行でまとめるなんて!一体どこからそんな考えが出てくるんだよ!?ついに出たな、前世の大学時代の君が出てきた。。。昔言っただろ。君は天文学は勉強してあるって。」とびっくりを超えてドン引きしていた。

 

これぞ、前世の記憶のアクティベートです(笑

アクティベートに繋がったのは、私の中で天文学の話し相手になりたいし、言っていることに対して抜けている部分は何か見極める力があればグルジの協力になれると思っていたから。

それだけじゃなく、の~んびりと数年かけて宇宙を瞑想していたのもアクティベートに役立った。

一番好きになれない学問がまさか一番勉強していたとは。。。

 

グルジは「さんざん勉強したから今世ではもういいって見向きもしないんだよ。不得意なんじゃない。もう学びたい欲望が満たされただけなんだよ。」と言っていた。

というわけで、全ての人の中に好きではない科目に、眠っている才能や記憶があると言える。

 

一つ言えることは、何か一つに集中することは大事。

集中するということはそれ自体がもう瞑想になっているから、ズッポリと時間を忘れるほど入りこめるのなら、それをさらに向上させる枝葉を勉強していくことで、気づかぬうちにアクティベイトされてくるものが色々出てくるはずです。

 

憎まず恨まず持ち越さず

 

今私たちが持っているこの「性格」は今世での環境や両親だけではありません。

インドでは「サンスカーラ」と呼ばれ、良くも悪くも前世からの経験で持ってきている質をいうのですが、これがやはりとても大きい。

例えば、酷い盗み癖があるとか、人を貶めてばかりいるとか、暴力的な癖があったり。

今世で環境によりその質が大きく出てくる要素があったのは間違いないと思いますが、同じ環境に二人いても、一人は暴力的になりもう一人はならないということもあります。

暴力的になる方は、前世でも暴力的だった過去があったりします。

嫉妬深い人なんかもそう。

嫉妬心を経験したことがない人はいないでしょう。

ただそこから良い方向へ切り替えて転換するか、ドロドロの嫉妬心の中で何十年も生きているか。後者の場合は前世でもよほどの嫉妬を経験していることが考えられます。

心の深いところで積んだ経験が癖になっているんです。

ただ前世が悪かったら今世では性格は変えられないのかと言ったら、もちろんそんなことはない。

 

ある暴力的な人がいたのですが、その人の前世は暴力的で怨みがましい性格だったのでそのまま今世に持ち越し。長年その性格を出しましたが、「人は泣かせるより笑顔にさせた方がいい」と改心に至り前世での癖を脱出!

よきカルマを積んで、人を笑顔にさせるということを常にするように心がけているので、この方は来世でこの良い部分が出やすくなるのです。

 

平気で嘘ばかりつく人もいますよね。

インドで人生初の嘘の塊でできたような人に会ったことがあります。

以前住んでいたアパートの住人でしたが、屋上にある水道の水をこっそりと止めて住人を困らせたり、アパートで行われた人の結婚式を台無しにしたり、労働者をぶん殴って「二階に住んでいるA氏が殴ったから彼は出て行った」とか、「共益費の袋が盗まれた、あいつが盗んだんだとか」全部自分でやっておいて住民をしっちゃかめっちゃかにしようとしている。。。

さすがインド。こんな人間いるんだ。。。と本当にびっくりしました。
(もちろんインドに限らず、どこにでも一定数こういった人間はいるのでしょうけど、自分が直接関わったのが初めてだったので衝撃的だった)

 

この人実は前世で殺し屋。

というか正確には依託殺人を請け負った前世。

だけど事は大きくなり、依託した二人は「俺らはそんなこと知らない」と逃げきり請け負った自分だけが処刑されることになった。

頼まれてやっただけなのに自分だけが捕まった!と悔しさにまみれた結果、今世では嫌なことをやっては人にお前がやったと言いたいと、嫌がらせをする人生を歩んでいる結末。

本当に残念な人生を歩んでいる。。。

どの人にも、長年人生を歩めば恨みたくなることは一つや二つ、いやもっと出てくるかもしれない。

でも恨んで死んでも怨みがましい性格を引きずるだけで、また仕返しをしに生まれ変わるだけ。それを何度も繰り返すんです。

どちらかが断つまで。

もしそういう相手がいるとしたら、自らが恨みを捨てて終焉に持って行くのが最善。

よく腐れ縁って言いますけど、腐っている縁なんだから腐った鎖は切る。

腐ってるからぶった斬って終わりというより、腐っているものがキレイになったら、執着のない純粋なものが残るだけになる。

純粋な状態には「好きと嫌いを超えた」人間性の愛が残るということ。

そこにいればいいんです。

 

許したくないという思いも「執着」。

自らその相手に執着してる証拠。

あいつは嫌いだ!と思い続けるのは執着。

自らその相手から離れないんです。

だから悪縁の鎖を切るというのは、執着を断つこと。

悔しさが残るって事は、あの人に愛されたかった、良く言われたかった、良く扱われたかったけど自分の理想とは逆のことが起きたという事ですよね。

その相手から理想とする何かが貰えなかったという執着を捨てなくてはならない。

 

考え方をポジティブに!とは言わないけれど(表面的なポジティブシンキングとか好きじゃない 笑)

でもネガティブなことが起きている中に、自分を強化してくれる何かを見出すことはできるでしょう。

そしてその自分をさっぱりとさせるには、どうすべきか、どのような行動をとるべきかを考える。

 

例えば、貧乏な環境で生まれていじめられたとする。その苦しさがどう自分を強くしてくれたのかとか、それによってどれほど貧乏人の苦労を理解でき、そういう人に思いやりを持てるようになったのかとか。貧乏じゃなかったら頑張れなかったし身につかなかったこともある。

この悔しさがあったから、ここまで頑張れたし学べた!みたいに自分の強みになっている何かが絶対にあるんです。

 

嫌な人間に対しても何かしら自分を強化できるような題材になっているはずです。

ないとしたら、日が射している方を見ようとせず陽の射さないところばかり見てるだけ。

どんな嫌なことにも必ず日の射しているところがあるから、それを探して苦しさや悔しさがあるなら落として、心を軽くしておくこと。

 

悪いものは持ち越さずに生きよう!

 

前世のはなし

Ranchiは暑くなったり、涼しくなったりと温度差が激しく変化し続ける天候が続いています。

セッション期間中、日に日に気温が上がって38度エアコンなしの状態に陥ったときはさすがにやばかった。。。

途中から雨が降り出して、26度くらいまで一気に下がり毎日曇り空が多かったのでこの10日間ほど涼しく快適に過ごせました。

そしてここ数日また気温がグングン上昇中。
40度になるのももう時間の問題みたいです。

 

今回は性格と前世の影響について書いてみたいと思います。

ある飲食店での話。

この飲食店ではBさん(外国人女性)が勤めているのですが、

このBさん、人の真似をいつもするのだそう。

例えばCさんがいい時計をしていれば、こっそり同じものを買ってきてCさんの出勤してない時にそれを着けてきたり、Aさんが1ヶ月のホリデーをとるといったら、すぐさま「私も1ヶ月のホリデーを取る」と言い出したり、誰かが指輪を着けてきたら、Bさんも指輪をつけてきたりと、どういうわけか真似をする癖を持っている。。。

大っぴらに「その時計あまりにも可愛いから、私も買っちゃった!」と言うならまだしも、こそこそと真似をして同じものを購入するのを誰も良く思っていない。。。

特に女性同士の間ではこの「真似癖」やダラけた勤務態度も好かれてない。

がこういう人に限って男には可愛がられる(笑

 

「1ヶ月のホリデー何をするの?」と聞かれると

Bさん「実家に帰るけど、その間アパートのレントも学費も払わなきゃならないし、経済的にきつい。。。どうしよう。。。。」という。

つまりホリデーをそんな長期で取りたかったわけではなく、私だって取れるのよ!というのを見せつけたかっただけ!?

何かしらのジェラシーが絡んでいるのは言うまでもないのですが
その競争心はかなりのもの。

多少のジェラシーは誰でも感じたことはあると思いますが、羨ましいと思ったところで毎回人の真似をするということまでしなきゃならないというのは少ないんじゃないでしょうか。

そこでこの方の前世を見てみました。

なんと、

このBさんの前世は、インド人の女性。

昔のインドのシステムで女性だけで暮らす女社会。

インドでのこのときの暮らしはというと。。。

それはそれはドロドロの女社会で、巨大な拡大家族みたいなもので、皆身内の女性。

男は男で別のところでまとまっているのですが、夫の収入額で女社会での妻のポジションが決まる。

夫の稼ぎの多い女性は良質で綺麗なサリーを着て、高価な装飾品も着ける。

その女性たちの中でも、自分は金持ちだというのを皆にひけらかしお金のない若い女性には「あんた、食器洗っておきなさい」「掃除しておきなさい」となんでもこき使い、まるで奴隷扱い。

どうやっても若い女性は上に出ることができない。

ついにこの若い女性は結婚するのですが、夫の稼ぎは良くない。。。

私だって、いいもの身につけられるというのを見せてやりたい!私だって!私だって!

この若い女性がBさんの前世でした。

「私だって得れるのを見せてやりたい!」という思考のくせが今世でも際立って出てきてしまっていたのです。

こういうのを見ると、一風変わった性格には納得がいきます。

こういう人が近くにいるとイライラしやすくなるのも、わからなくもないのですが、このバックグラウンドがあって「私だって!」に駆られていると思ったら、自分のイライラするエネルギーや時間がもったいない。。。

Bさん本人は、いつか「私だって!」に駆られている自分がいるとはっきり認識し、それはなんともバカバカしいことだ。。。。やめよう。。。と思わない限りずっと続く。。。。

このパターンに限らず、自分の嫌に感じる性格そのものは、やめる!と決めて新しいパターンを入れてあげないと、ずっと嫌だ嫌だといいながらそのパターンを続けてしまいます。

自分を客観的に鳥瞰してみる。
もしこの人(自分)が他人だったら。。。。この人はまともだろうか?
適切な振る舞いをしているだろうか?

もしおかしなところがあるとわかったら、まず第一に認識して、それを認めること。

嫌なパターンを発見したら、その代わりにどういう適切なパターンに変えたらいいのかを考え、その好ましいパターンを行動に移す。

新しい習慣を何度も繰り返し、それに慣れれば古いパターンは追いやられ、新しいパターンが自分のものになります。

初めのうちは古いパターンが出たくて仕方なくなるので、抑えるのも大変だったりしますが、適切なパターンを繰り返すことでそのうちおさえつけなくても自然に適切なパターンが出せるようになります。

またはそのパターンに対して瞑想する。
浄化されるまで瞑想する。。。
浄化されてしまえば、自然と新しいパターンに入れ替わります。

書くのは簡単ですが、何をやるにも継続する努力が必要。

一生は短い。やるかやらないかは自分次第。