村のしあわせ


都会の暮らしは楽しく便利な反面、家賃に食費、スクールフィーと全てが高いですし、ファッションに、グルメに、いい車に乗って、いい暮らしをしたい!

と欲望は果てしないですよね。

そして気持ちもせわしくなる。

この村の人々は超ミニマム級の生活をしています。

こういう生活レベルの人たちを見たことはたくさんありますが、実際に入って暮らすのは初めてなので、とても感慨深いものがあります。

私がブッダガヤから荷物を持って引っ越してきた時の村人の反応のすごいこと。

「うわーーーこんなにたくさん物持っているのー?!」の連続。。。

グルジと一緒でしたので、幾らかの家具、家電がありますからトラックを呼ぶレベルではありますが都会人の中では殆ど持ってない方です。

テレビもソファーもないし。

この村の人たちは、暮らしが最小で間に合っているからガツガツと追いかけてもないんです。
ちなみに家電はないし。
冷蔵庫を持っている家族はこの村にはいません。
オーブンもないし、洗濯機なんてあるわけない。
言うまでもなくエアコンなんてないし。
あるのはベッドと 幾らかの服。
マットレスとかないですよ。ベッドの板の上にゴザを敷いて寝ています。硬い板の上でみんな寝れちゃうんです。
布団を使っている人もいますが、1. 5cmくらいの薄くてペタペタの布団というか、板を直接背中で感じるから骨がゴリゴリして痛くて眠れないレベルのもの。
あとはキッチン用具くらい。

あ!バイクがある。

どの家族もではないですが、いくらかの家族は一家に1台バイクがあります。
この村には公共交通手段などはありませんから、バイクがないと買い出しにもどこにも行けませんので、バイクは一番高価な所有物ですね。

ここの女の子たちに「都会に出たい?都会で暮らしてみたい?」と聞いてみたら誰もが首を横に振って「いや、ここでいいわ。」と。

長女のプリヤンカ。
家の中に水道管があるのは、この村でこの家くらいかも。。。
でもシャワーくらいしか使われてません。
どこの家にもチャパカルと呼ぶ、手動の井戸で飲み水から食器洗い、洗濯、シャワーも全てここでおこなわれます。
女性は布一枚巻いた状態で体を洗い、男性の場合はパンツ1枚で直に座り全身を洗います。
ちなみに洗濯は各自で行うんです。
洗濯機なんてありませんから、それぞれ身体を洗うときに服も自分で手洗います。
自分の服を自分で洗うのはもう4歳くらいになったら始まります。
井戸のレバーを押すのも結構力がいるのですが、4歳くらいですと腕力では無理なので、ぶら下がって全体重をのせてバケツに水を溜め、自分で頭も洗って水を浴びてそこで洗濯もします。
あんなに小さな子が???とびっくりします。
自分のことは自分でやるとトレーニングされているので、虐待とかではなく当たり前におこなわれます。
それもあり、ここの村の子供達は仕事の多いお母さんをよく助けます。
小学高学年くらいになったら、家族全員が食べた食器から鍋から全てをチャパカルに持っていき洗います。
テキパキと毎食後の食器洗いくらいはやるし、家の中を掃いたりも当たり前。

正直自分がそんな年代の時にこんなに家のことをやったことなかったので、ここの村の子供達には脱帽です。。。
子供達は文句も言わないし、みんなハッピーに手伝っていて、しかもしっかり勉強もしているので、見たことのない家族のあり方に驚きを隠せません。

この田舎暮らしではガツガツとお金は追ってはないけれど、やることはかなりあります。

牛やヤギを飼っていますから、草を食べさせに歩かせますし、またそれ以外の時間に縛っておいている時にも食べさせる草を用意しなくてはなりませんから、毎日せっせと手で草を刈って家に運びそれをさらに牛が食べやすくなるよう、ギロチン?のような道具で小さく切るんです。

毎日このように草を刈っては頭に乗せて、4往復している時もあります。
写真はここの奥さん。

小さく切る前にもう待ちきれなくて食べ始めているのが、ここの子ヤギ。
私が来た後に生まれているので、とても慣れています。


晴れの日は麦を屋上に干したりと(床に広げて害虫を追い払う)
結構な仕事量ですよ。
その上、家の掃除に食事の支度。
毎日そんな感じであっという間に1日が終わります。

ただここでお米と麦を育てて、売っただけでは1年に3万円程度にしかなりませんから、やはりさすがにそれでは不十分。

なので夫はデリーや遠くに出稼ぎに行きます。
(娘の結婚の持参金を貯めなければ、嫁に出せないので大変です)

妻たちはここに嫁いだというのもあり、ここで生き抜くことに腹を括ってますから強い!喧嘩して負けるような女はいないってくらい、 村の女は半端じゃなく強いです。

みんなそれぞれ仲が良い家族がいくつかあって、メラ(お祭りごと)があるときは、みんなで一緒に食事を作ったりと楽しくやっています。

物をたくさん所有していると、失いたくないという執着心が出てしまいますが、ここまで何も所有していないと、失う恐れも殆どないでしょう。

多く、家も土壁と竹で出来ているので、万が一火事が起きたとしても、竹を切って持ってきて、泥をつけて藁を乗せれば家は完成。

盗まれる心配をするほど物もないので、家にドアが無いところも多い。。。

これは隣のサロージュ(このうちの親戚)のお家。
土壁にトタン屋根の部屋はドアが無い。

この村の人口は500人って言ってたかな。
全員の顔を知っているので、盗むような人もいないんですよ。
あるとしたら、小さな子供がいたずらで何か持って行っちゃったくらいなもん。

ハルヒ村。バルコニーからはこんな感じ。
東側に1本道があり、そこに家屋が並びます。
北、南、西は全部田んぼ。

近所の子供が来た。
すごく可愛い。

この村では、何も大して心配することもなく、所有物もあまりないけど平穏に暮らすしあわせがあります。


楽しみを見つける





今年のモンスーンはやや雨が少なめなんだとか。

前半はかなり降りましたが、ここ数週間は雨が少なめで5日間くらい降らなかったりしたのでちょっと稲に水が足りないなんて地元の人は言ってました。

私の住ませてもらっている2階はだだっ広い屋上の端っこに2部屋だけ作られているので、部屋を出ると屋上全開で眺めはとてもいいです。

北のほうには池があります。この池はマカナファーム。
マカナという植物があり泥の中でタネをつくるのですが、そのタネを収穫し、工場へ出荷しパフにします。

魚がいるので釣りをしている人もいます。
葉っぱがアマゾンにでもありそうな形で、すごくゴツゴツした表面の大きな葉っぱであるのに対して、花はこれだけ?と思わせるほど小さく質素だけれど、とても可愛らしい。

この花の下に段々と種ができて引っ張りあげると。。。

あんな質素でかわいい小さな花が、こんなイカツイすごいヤツに変容する。。。

彼の名前はインダージート
近所の男の子で、マカナを見せてくれました。
このトゲトゲを剥くと、こんなミカンのような容姿になり、この中に茶色い種がたくさん入っています。

このタネは生でも食べれて、地元の人は生で食べ慣れているので生が好きらしいです。
私も一つ味見してみましたが、大して味はなくグニュっとクリームみたいな感じのものが入っていて、「うわ。。。なんか出てきた。。。」という若干気持ち悪く、カリッとするのだろうという期待と裏腹に来られたのも衝撃的でした。
食感的にも、味としてもそんなに美味しいものじゃないです。

まぁ食べれないほど不味くはないですが、また食べたいとは思わない。。。というのが正直なところ。

これが工場でパフとなり、このようなマカナに仕上がるのだそう。

それが店頭に並ぶのだけど、このパフはそのまま食べれなくて、ゆっくりと炒ってカリカリにするか、またはミルクと砂糖で煮込んで食べます。
スナックとしてはとてもヘルシーで、炒るととても美味しい。
これは私の住む屋上からの今の眺めで、すっかり全部収穫され何もなくなりました。

マカナはグルジが大好きだったので、よく買って食べてましたが植物を見るのは初めてだったので感動。


でもどこを歩いても、何を見ても、グルジと一緒に感動を分かち合いたかった。。。と思ってしまう。。。

グルジも一緒に見ているのは知っていても、肉体があってダイレクトに言葉で分かち合えないのはやっぱり寂しい。

グルジがいないから楽しさや喜びをフルで感じない。。。というのは本当に現実なのですが、でも不幸せには感じてません。

グルジに対するこれまでの感謝の思いがとても大きいのと、今でもまだそばにいてくれているのを知っていますし、ここまで生きてきた過程を振り返ってもこの7年間グルジが与えてくれたものは本当に大きくて、感謝の思いでいっぱいです。

だから寂しさはあるけど、不幸ではないです。

こんな状況でも、小さなひとつひとつに喜びを感じることもたくさんあります。

全然言語が通じなくてもみんな一生懸命話しかけてくれたり、小さなことでも手助けしてくれたり。。。庭にグアバができたって持ってきてくれたり。

小さな嬉しいことがたくさんあって、大きな感謝の思いになるのがわかる。

だからこんなに悲しくても乗り越える勇気に変わっていく。。。

グルジがいないから、もう楽しくない。。。楽しめない。。。じゃ完全に依存。
私の余生は一生不幸になるだけ。

でも楽しみというのは自分でひとつひとつ見つけていくものでもありますよね。
肉体はいずれなくなるもの。
もうなくなってしまったものは、どうあがいても取り戻せないのですから。。。

小さなこと何でもいいから見つけていく。

今日はグルジのために焼いたパンがとても美味しくできた!
とか
池で楽しそうに泳ぐ人々を鑑賞したとか

もうこんな小さなことを拾い集めては楽しさや喜びに感じたり。

そして心の中でグルジとシェアするんです。
あ、でも声に出してグルジと話してるときもあります(笑
他の人が見たら怖いけど!

ちなみに、グルジが大好きだったチャバッタのパン。
本当に美味しくできた。
形もいびつでクープが全然うまく入ってなく綺麗に割れてないけど。。。

普段は全粒粉パンを食べますが、時々白い小麦粉だけのこのチャバッタを作ります。
このオリーブオイルと塩とイーストだけで作るチャバッタがパンの中で一番好きかも!?

最後にグルジの写真をあげてみようかな。
アッサムのカマッキャでボートに乗り寺院参拝。





ムーンフェスティバル

今日もハルヒ村は暑いです。

39度。

日本でも40度も行っているところがあったり、インドも日本も変わらなくなってきているってかなり怖いですよね。。。

今日は電気は来ているのですが、電力が弱くエアコンがつくほどの電圧がないため残念ながら汗ダクダクで何も出来ません。

エアコンつけても5秒で止まってしまい、送風に切り替わるだけ。

前述しましたが、電気が来たのが3年前でその前まではケロシンランプで暮らしていたそうですから、こんな電気の量でもないよりずっとマシなんです。

汗をかきすぎて、ベッドで横になって読書もできないし、瞑想どころか熱中症で意識が飛んじゃいそう。。。

グルジがいなくなってから、ご飯も一人になりました。(私がスパイシーでオイリーでソルティーなものが好きであれば下の家族が私の分も一緒に作ってくれるのですが、彼らのご飯は私には食べれないので自炊してます。以前彼らの食事を食べたらスパイシー過ぎてお腹壊しました)

が実のところ、グルジに毎日食事を出しています。

死者って本当に食べるの?と思いますが、まだ他界してそんなに長い年月が経っていない場合食べます。

食べ物の「気」を食べるんです。

グルジの場合は病死なので、最後12日間は食べることも飲むことも出来なくなり、他界した直後は普通に動けるようにはなっていましたが、まだ具合の悪い記憶が鮮明すぎて身体(幽体)が弱っているようでした。
それもあり暫く食べ物を出し元気づけました。

本当にびっくりするぐらい、味がわかるんです。

「ん。。。ちょっと塩が足りない」とか言われた時があって、「え?そんなはずはない」と思って食べてみたら、全然塩が足りてなくて驚いたことがありました。

そんなこともあり、あまり一人で食べてる感がないのもあります。
ついついグルジの好きなもの作っちゃうし。

死者は四九日で成仏されると言われていますが、(もちろんその人の魂のコンディションによりますが)グルジは行かずに引きとどまってくれています。。。

私はこんな大聖者を上がらせずにいるのが本当に心苦しくて、でもグルジの魂には一緒にいて欲しいというジレンマで苦しんでいました。

ですがグルジは「私を誰だと思っているんだ!」と一喝。

成仏出来ないわけではなく、今は暫く助けることを選択しているだけだから大丈夫だと。。。

成仏出来ない理由はいくつもあると思いますが、死んだことが認識できない、仕事などのポジションに執着している、家族が心配、恨みつらみなど色々あると思います。

グルジの場合はもはや補助霊のようになっていて、本当に助けてくれているのがわかります。考え方が間違っていたり、自暴自棄になっていたときなんかも、散々怒られました。。。。
まぁ生前と変わらないのですが。

特にここに荷物を全て持ってきて、本当にここに引越しをすべきかどうかもかなり悩みましたし、(ここも前述しましたが、ど田舎すぎてここで暮らしたいとは思えなかった)引っ越して来てからもやっぱり逃げ出したいと思ったことも何度もあるのが正直なところ。。。

ですが今は完全に諦めというか、受け入れというか、降伏というか。。。

もうここに滞在する以外に道がないというか。。。

もちろん、私の自由といえば自由ですが、コロナの制限もありますし、もし新たな場所に移動してしまっても、目標がブレるからダメだと守護霊にも言われました。
(目標とはグルジのお寺を建てることと、家探しなんかをするとなかなか落ち着かず時間ばかりかかって修行がどんどん遅れる)

ということで、ここで修行を積めと言われているので完全に受け入れました。
好きか嫌いかは別として受け入れなくてはならないことは人生においてありますからね。
好きじゃなくてもそれが最善なら受け入れるしかない!

もう少しで涼しくなるので、そうしたらまた楽しみ方も変わってくると思います。



さて、
インドはよくわからないフェスティバルがたくさんあります。

今週は〇〇フェスティバルで再来週はまた別のフェスティバルで、といった具合でこの2ヶ月間は特にフェスティバル月間らしいです。

先日はお月様を尊ぶフェスティバルとかで、特別料理を作ります。

通常この家族の作るものは食べないのですが、今回は「フェスティバルだから夕食作らないで!」と言われ、ちょっと渋々ですが「オッケー」と受け入れました。

でもみんな私が塩辛いもの、スパイシーなもの、オイリーなものは食べないのを知っているので、そういったものは出来るだけ避けてくれてます。

ちなみにこの家の作るものはお茶一杯も飲めない。。。
みなさんご存知のチャイ(ミルクティー)も茶葉を大量に入れて煮込み苦くて飲めないほど煮出し、どっさり砂糖を入れて。。。といった具合で、ショットグラスのような小さなカップで飲むのですが、そんな少量でも強すぎて膀胱がおかしくなり、3日間頻尿になってしまった。。。(笑
(普通のミルクティーを飲んでも全く問題はないです)

通常長女のプリヤンカが食事を作りますが、ここの奥さんが作る料理なんて、塩の量が致死量に達してますし。
大げさじゃないんです。「これ食べれる人いるの?」って聞いたら「う。。。うん。しょっぱいよね、みんな一口くらいは食べてる」なんて言ってましたから。

唐辛子もオイルも塩も過激なんてもんじゃない。
村の人たちは毎日が肉体労働なので、とにかく濃い味が好きなんだそう。

私はフェスティバルの夕食の足しになるようなものは提供できないので、バナナパウンドケーキを焼いて差し上げました。
焼いてる途中で電気が来なくなり、1時間後にやっと電気が戻って焼き直し。。。(涙
少し固くなっちゃったけど、まぁなんとか焼けた。

前日ちょうどバナナ屋がトラックで来たのでたくさん買っておきました。
フェスティバルの時は売れるので、このようにトラックで売りにくるらしい。

夕方このように地べたに座って料理が始まりました。
キッチンもありますが、揚げ物などをする時はガスを多く使ってしまうので薪で調理します。

右がこの家の奥さん
左、長女のプリヤンカ

夜このような料理が登場。
ミルク粥とヨーグルト、フルーツと甘いスナックとプリと言う揚げたチャパティ。

右からプリヤンカ(長女)真ん中クシュブ(次女)
左は隣に住むこの家族の親戚で二ラージュ
二家族分はさすがに食べれないので、どれも少しずつ両家からもらいました。

クシュブが持っているのがプリですが、これは美味しいのですが、油ひたひたで。。。(笑
他も美味しかったです。
ミルクや油は高いので、こういったものを家族全員で食べるとなるとやはりフェスティバルのときになるみたいです。

用がない限りあまり話はしませんが(ガールズはとてもシャイ!)私を気遣ってくれているのはとても嬉しいです。


ハルヒ村の生活

今月いっぱいくらいでモンスーンも終焉となるようですが、まだラストスパートで嵐がきたり、晴天になったりを繰り返しています。

先月あたりから田植えが始まり、田植えの殆どが終わったと思ったら、これです!
私の住む2階からの景色です。

まるで大洪水。。。

今はこの水もすっかり抜けて、稲がフサフサと揺れています。
(右側の水は池です)

地元の人は、「これは毎年のことで全然普通。あまり水が引かないと稲がダメになっちゃうけど、大半は水に浸かった状態で強くなるから大丈夫」と。。。

この土地のことも、田んぼや家畜のことも何も知らないので驚くことばかりです。

この3ヶ月間はどうにかグルジがいなくなった、この心の状態を回復させるプロセスだけでした。

田んぼと小さなガチ(植林地)があるだけの村で、見たことのない虫や鳥や生活様式なんかも新鮮で、本当にそんな驚きがいくらか気を紛らわせてくれました。

ガチに通っていた頃(6月いっぱいまでで、その後は本格的なモンスーンとなり行けなくなりました)突如こんなものが現れたんです。

前日までは無かったのに、突如現れた竹のテーブル。

デリーに住むダダジに電話しました。

写真を撮って送り「なんか突然竹のテーブルが設置されてるんだけど、これまさか遺体を運ぶやつじゃないよね。。。」と。

この国では竹で担架を作り遺体を運ぶのですが、まだ葬儀を終えたばかりの私には、その記憶が強く、思わずそっちの質問をしてしまった。

ダダジは「違う違う!それはマチャンと言って、元々はマンゴー泥棒の見張り番が座るための台なんだよ。ユキが瞑想出来るようにサロージュたちが昨日作ったんだ。その台に座って瞑想するといいよ」と。

いつもは竹の笹を敷き詰めて座っていたのですが、座り心地が悪いのを気遣って作ってくれたようです。

これは本当に嬉しかった。。。

ここの家の人はゴザも用意してくれ、快適に座れるようになってました。

何気に私がそこで瞑想していると本当に人々がマンゴーを盗めないので、どうやら私は本当にマンゴー泥棒の見張り番になってました(笑

精神的に困憊していた私には、こういうケアが本当にありがたく毎日ここに通っていました。

村人はいつも「今日もガチかぁ?行っといでぇ」と話しかけてくれます。

先月水に浸かった稲はあっという間にグングンと成長し、早いところはもう稲穂が出来ています。

稲刈りもそんなに遠くなさそうです。
ちなみにレンガの長い家が私が滞在させてもらっているラデのお家。
2階の右が白く塗られていますが、そこがキッチン。
2階には私が住ませてもらっている2部屋だけです。
(家具も全部白で、白が好きなのを知っていてわざわざ私のために白く塗ってくれていた。。。)

ここの村では牛と水牛とヤギがメインの家畜で水牛の方が人気なのか、水牛の方がずっと多いようです。
大体一家に牛は2、3頭で、ものすごく可愛がっているんです。
牛もすごく馴れているし。

ここの村では毎日牛を歩かせ草を食べさせます。
小さい子供たちはこのように水牛に乗って、お散歩させます。
(何度見ても映画Whale rider を彷彿させる。。。)

ここも子牛が生まれました。

すごくかわいい。
産まれて数時間後にはもう立ち上がっていました。

牛やヤギの家畜がこんなに馴れるものとは知らなかったのですが、餌をやらなくても馴れるのかなと、毎日首の下をなでていたら、懐いて今では近くに行くと子牛も来るようになりました。

今だからこうして書くことすら出来ますが、当時は何か書こうなんて思っただけで感情に押しつぶされそうになり、やっぱりまだ無理だ。。。と諦めていましたが、今こうして書くことが出来ることが奇跡のようにすら感じます。

グルジに見守られている安心感もあると思います。。。

そして長らく更新してないことに、何かあったのではとご心配のメールをくださった方々にも心から感謝いたします。








修行 第2ステージ

コロナウイルス、すごいことになっていますね。。。

インドでコロナが感染しているという報道は全く聞かないのですが、ただ検査をしていないからという説があるものの、本当にそういった症状で死者が出ていないのも確かなようです。

インドはコロナよりも前から移民に市民権を出さないという改正法で、今でも暴動がやまずコロナよりも死者が出ているような状況です。

この改正法を発表してから、2ヶ月半女性たちは永遠と家に帰らず外に座り込むというデモで応戦していますが、事は徐々に悪化しここ数日は発砲と放火で40人もの死者が出ていると報道がありました。。。

私たちの住むブッダガヤは小さな村のようなものですので、暴動などは一切ないのは救いです。

ただこの地は観光客で生計を立てているような地ですので、いろいろな人種が入って来ます。いつコロナが入って来てもおかしくないのでかなり警戒してマスクをして出歩くようにしています。

日本も次々と感染の報道が出ていますが、怖いですね。。。

マスクや手洗いくらいしか、防ぎようもないのでしょうが、どうかお気をつけください。

インドは日本人へのビザの発給を止め、入国を拒否しましたので暫くは日本にも帰れなそうです。

早く終息することを祈るばかりです。


さて、

人生には思いがけない事が起きたりしますが、私の人生にもそんな転機がやって来ました。

ブッダガヤに引っ越してきて1ヶ月が経ちましたが、まだ落ち着いていない状況です。

グルジのお母さんを見れる状況の人がいなくなり、なんとNYに住む妹さんから「お母さんを暫く見てほしい」と。

84歳になるお母さんはNYとネパールを行ったり来たりしてたものの、NYでは言語も通じずやっぱりネパールの方が心地よい。。。となりネパールに帰ってきたものの一人で暮らすには年齢的に限界で妹さんから暫く見れないかとの連絡。

そんな話がくるとは思わず驚きましたが、それも修行の一つと捉え快く受け入れました。

グルジを育てた母親ですし、私たち以外他に面倒を見れる人がいないという状況は、天界がお母さんをみてあげないさいと言っているのだと思っています。

妹さんはいずれNYからネパールに帰る予定で、半年から2年くらいの期間限定でみてほしいとのことです。

NYから帰省していた妹さんと一緒にネパールからインドまで空路で来てくれたら良かったのですがブッダガヤまでは乗り換えが必要で、スムーズにいかず2日がかりになってしまう。。。

ならバスか電車でとなったものの、陸路でインドに来たことがないので強盗とレイプが多いインドに陸路で来るのは怖いから迎えに来てほしいと。

陸路で直行バスで行っても20時間はかかるから、自分たちで来てくれー!と言いたかったのですが、インドに陸路で来たことのない人はやっぱり怖いのは確か。

その気持ちは十分わかるので、長距離バスでぎっくり腰になる恐怖を抱えながらもバスで迎えに行きました。

そしてインドにトンボ帰り。

直行バスは使わず、妹さんとお母さんを引き連れバスを二度乗り換え、その後寝台列車でブッダガヤまできました。
(陸路のイミグレでも医療機関の人がやってきて、熱があるか中国に入ったかなどチェックされます)

25時間後、朝の3時にブッダガヤに到着。

84歳のおぼつかない足取りのお母さんがよく25時間の陸路に耐えられたなぁと驚きました。

お母さんに比べたら半分の年齢の私たちですらボロボロになるほど疲れてグルジはまた咳が悪化してしまったのに、このお母さんは全然平気だった。。。(笑

疲労で風邪ひいたらどうしようと心配していましたが、杞憂に終わり自分のペースでのんびりやってます。

そんなわけで、引っ越してきてまた電気の配線のコネクションからのセットアップに続き、突然お母さんが来るとなったのでベッドを買いに行ったりあれこれと買い出しに追われ本当にブログを書く時間がないほど大忙しでした。


生活のリズムが突然お母さんが中心となり、グルジと私だけのリズムとは全く代わりました。
こういった新たな修行がやってくるとは夢にも思わなかったのですが、子供も持たない人生ですからこのくらいは貢献しないと。

グルジも慣れないペースに戸惑いが時々あるものの、最後に自分の母親を面倒みたいとどこか心の底でいつも思っていたのは感じ取っていました。

なのでグルジは魂のレベルでお母さんと一緒に過ごせていることをとても喜んでいます。

グルジのお母さんの人生のすごいエピソードも聞きました。
さすがグルジのお母さんだ!というくらい驚異的なお方です。

その辺のエピソードはまた次回!




ジャールカンドの州長に会う


あと数日でブッダガヤに引越しです。

最後のランチーのひととき。

これからパッキングでバタバタする前に。。。

ここランチー市はジャールカンド州の首都になるのですが、このジャールカンド州に新しい州長が就任しました。

就任したソレン氏は、なんとジャングルの部族出身!

つまりインドの4つのカースト外の人なんです。

聞く話によると部族が州長になったのは初めてということです。

ジャングルの部族というと、腰巻に槍とか持ってそうですが、外観はあまり変わりなく普通の人です。

今年の初詣でたまたま滝があることに気づき、タクシーで寄った時の道中、部族の村がありました。
彼らの家は独特で、土壁でドアが150cmくらいと小さく、くぐって入る感じでこの人たちは通常森の中で暮らしているので街中で働いてはないんだそう。

車がある家も見た限りはありませんでした。(スクーターは2、3軒あった)

部族の人たちは街で暮らす人たちに薪を路上で売ったり、ジャングルの木の実を集めて売ったり。

とはいえ、ソレン氏はそれなりに勉強されたのでしょう。

ソレン氏が就任してから、就任祝いにあらゆるところから人々が花束を持って来るそうで、ついにTwitterに「就任祝いに花束を持って来てくれるのはとても嬉しいけれど、ずっと保存できるものでもないし、私に必要なものは知識であり本です。なので、就任祝いはお花ではなく本をください」と。

グルジがこのメッセージを読んで「これを見てくれ!こんなことが書かれている!」というので、

私は興奮して「すごい!こんな州長インドにもいるんだ?!グルジの本を持ってプレゼントしに行こう!」と提案。

ですが現実には大変忙しいだろうから、州長に会えるかどうかは定かではないのですが。

前話にも出て来たデリーに住むアルビンドとダダジが、一緒に州長に会えるように手配してみようと。

実際に行ってみると、数百人のすごい人。。。
ディズニーランドのアトラクション並みの行列。

こんな人数をまともに待ったら4時間待ちであろうとは容易に想像がつくほど。

ですがここでアルビンドが一役買って、お役人さんに「ネパールの著者と日本人が本を贈呈に来ているんです」と色々話すと、30分程度で大行列を一気にカットし特別ゲストとしてサクッと入れてもらえました。

全く物怖じしないトークが出来るアルビンドは、人を説得させるのがとても上手くこんな時にアルビンドがいると物事がとてもスムーズに行くので有難い。

州長と話せるのは一人(または1組)なんと1分なんです!

そうじゃないとあの大行列はこなせない。。。。

そして部屋に通され、州長に挨拶をし、グルジは「花束の代わりに本が欲しいとツイートされていたので、私の書いた本を贈呈に来ました。本の内容は宇宙学、経済、社会心理学などでこれからのインドはどうあるべきかなど今のインドの問題も書かれています。ジャールカンド州は、とても緑豊かなところ。ここは一歩間違えると緑をどんどん破壊して工業化してしまう。。。」とあらゆる角度からジャールカンドの問題点なども話した。

(グルジがジャールカンド州の問題点をよく把握していることにも驚いた。。。)

その上「ソレンさん、頼むから道を間違えないでくださいよ!もしあなたが方向性を間違えているなと思ったら、言いにきますからね!」とまぁすごい上から目線もいいとこ!

グルジもよくそこまで言えるよなぁと思うけど、この人哲学者とも言えるから、政治家はすぐに道を間違えるのをよく知っているので、そういったことを正すためにも執筆しているのであって、強気もいいとこ。
(日本人的な感覚ではちょっとあり得ない!と思ってしまうのですが)


でもソレンさんはとても感動していた。。。。


州長は問題点について色々と同意し、しかも他の政治家は(名前をあげてた)ウランを売るためにジャールカンドの自然を破壊しようと企んでいることがあるなど、シークレットな情報まで話していた!「あなたとはゆっくり話をしたい。こんな忙しいときに来てもらったので、改めて時間を作る必要がある。」と言い

テーブルに置いてあるブザーを押すと(ファミレスにあるウエイトレスを呼ぶボタン式のものをインドで初めて見た!)

5秒以内に颯爽と二人の男性が部屋に入って来た。

そして州長は「彼らはオックスフォード出なんだ。君たち、哲学の本だ。この4冊を全て読んで、あとで要点をまとめ私に説明してくれ」と。

そうか、州長ともなると大忙しなのでこんな難しい本は読まずとも、下に高学歴の頭のいい人がいればいいのか!と驚きと納得。

でも州長は一瞬、ちょっと待てよ。こんないい話はもしかすると。。。と思ったらしく

「あれ?もしかして、あなた何かしらの支援が必要とかそういうこと。。。?」とグルジに聞いてきた。これからもっと本を出版するのにお金を出して欲しいとか、そういうお願いにきたのだろうと一瞬思ったらしい。
(実際にはお金を支援してくれという話が山ほど来るのだそう)

グルジは「私はあなたからお金を支援してもらいたいとか、何かを貰いたいとは1%も思ってない。1ルピーもあなたから必要はない。私はジャールカンドにも住ませてもらったし、自分の持つ知識を提供したいだけだ。それがこの世の貢献になるならば」というと

「そういう人は滅多にないので、ちょっと驚いてしまって。。。」とソレンさん。

トークができるのは一人(1組)1分なのですが、話がはずみあっという間に15分くらい経過していました。

そして州長は2月に入れば落ち着くから、もう一度話がしたいと言っていましたが、私たちはブッダガヤに行くことを伝えると、ブッダガヤに行っても会うことは出来ると返されました。

翌日タクシーに乗ると、運転手が「あの、あなた昨日州長のソレン氏に会いに行きました?」と突然聞かれ、「なんで知っているんだ?」というと、ソレン氏のツイッターにあなたたちの写真が上がっていますよ。すぐにわかりました。と。。。

タイトルは「教育者TP PANTAと日本人のゆきえが彼の著書を贈呈に会いにきた」と(笑

グルジ、州長に相当気に入られた様子。


ツイッターの写真はこれではなく、グルジ、私、ダダジが座っているものですが、部屋の中にはカメラマンがいて、パシャパシャと撮っていて、アルビンドが「撮った写真を全部ください」とカメラマンにお願いして、貰った写真の中の1枚。

ちなみに私はオマケです。
日本人にサポートされているというだけでグルジは格が上がるじゃないですか(笑)
インドやネパールでは先進国の人が行者をサポートしているというのは、それなりの知識がないと絶対にサポートされないのはわかっているので、私がいるだけで「この人はただの行者ではない」と思われるところもあります。

それもあり私は隣にちょこんといるだけですが、どんな風にやりとりが進むのかを見れたのはとても嬉しかった。

ジャールカンド州のランチも最後となりますが、最後の記念日のようになりました。

グルジの叡智が何かしらこの世に貢献されることを祈るばかり。

26日に寝台バスでブッダガヤに引越しです。

ブッダガヤ

新天地探しへブッダガヤに行ってきました。

ブッダガヤは仏陀が瞑想をして悟りを得た地で、インドの中でも世界的に有名な地でもあります。

今回はニューデリーに住むお弟子さんで、アルビンドさんの親戚のマニーシュさんがブッダガヤに住んでいるということで、家探しに協力してくれました。

丁度仕事が週末お休みだったというのもあり、2日連続でグルグルと周ってくれ、探したのですが全くアタリなし。。。

(マニーシュはとてもシャイで口数も少なく、週末の折角のお休みまで使わせてしまってうんざりしてるだろうなぁ。。。と思っていたら、翌日仕事に行く前の朝にも一人で車を出してグルグルと家を見に行ってくれていたそう。こんな協力的な人はランチーには一人もいなかったので、有難いし嬉しいのはもちろんなのですが、こういう親切で協力的な人がインドにまだいるんだ。。。と正直驚きました。ちなみにブッダガヤでは会う人がみんないい人だったり親切だったりで、ランチーとは人柄がだいぶ違うので驚いています。)

ブッダガヤは直径3キロ程度の小さな町ですので、長期間探せるほども家もないというのが現実。。。

その中でもこの町で1軒、大学の教授が住む家があり、その教授がランチーに移転になるから聞いてみるといい。という話があったものの、その教授がどこに住んでいるのか住所もわからず。。。

これはだめだ。と3日目の終わりには99%諦めていたのですが、日も暮れて暗くなった頃、通りすがりの人に「〇〇さんという教授が住んでいる家はこの辺にありますか?」と聞いたら、「あー、そこの裏」と。

すごい確率で発見!

この教授は3月いっぱいまで住んでいるのですが、教授の上の階が建築が終わったばかりでまだ誰も住んでいないとのこと!

家のオーナーも1階に住んでいるのですが、夫婦ともに大学教授のリタイアなので、それなりの地位があってしっかりとした職なりがないと絶対に住ませないという厳しい審査。

「変な人間入れて問題が起きるくらいなら、空いてる方がいい」と言っているくらい。

初めは、どこの輩が来やがった?と言いたげに威圧的に睨まれましたが、グルジがどんな本を出版しているのかなど、哲学や色々な話をしたらも威圧的なオーラがハートでいっぱいになり(笑)「あなたたちなら、レントも安くていいよ!」って私たちに是非住んで欲しという対応に早変わり!
グルジのトークは本当に凄い。

「そうしたら、キッチンの戸棚とクローゼットつけてくれる?それから畑を作りたいから、土地使わせて欲しい」とお願いすると(内装が完全に終わっていない)「2週間あればキッチンの戸棚とクローゼットのドアをつけておくし、畑は好きなだけ使って。今は草ぼうぼうだから、ワーカーを呼んで全部耕しておくから」と。。。至れり尽くせり♡

しかも2LDKを2軒借りれることに。

1軒は私たちのオフィスで1軒はレジデンス。

グルジが本を出版をしてから、ジャーナリストなどミーティングに来る人もちょこちょこ出て来たので、そろそろレジデンスとは別にオフィスを用意しないとならないと思っていたのですが、2軒借りるにはちょっと費用がかかりすぎるしオフィスが遠いのも面倒だしと思っていたら、丁度隣り合わせの2軒が出来上がったところでほぼ1軒分の料金で貸してもらえることに!(2千円増しになっただけ!)

これは神の采配だと確実に思いました。

ということで、3日目にして奇跡的に移住先が見つかり、今月末に移転します。

ただ怖いのがこの地は49度にまで達するという、本当に死ぬほど暑いところらしいです。。。

今回泊まった宿のマネージャーの男の子が「ブッダガヤは暑いから涼しいランチーに移住する人は結構いるけど、涼しくて過ごしやすいランチーからこんなに暑いブッダガヤにわざわざ移住して来るという話は前代未聞だよ!」と言われてしまった(笑

ランチーの4ヶ月もの長雨に打たれるより、干からびる方が耐えられると思うので、移転します!



HAPPY NEW YEAR !!!



明けましておめでとうございます!
本年も宜しくお願い致します。

ランチーで年越しをしたのは初めてで(昨年はアムリトサルで年越し)

うちから60キロほどのところにある、まだ参拝したことのない寺院に初詣に行ってきました。

昨日までは晴天だったのに、元旦初日から怪しい雲行き。。。

6時に起床し、8時にOLAのタクシーを呼んで出発。

バスでも行けるのですが、バス停までタクシーで行って、バスに乗って、そこから歩いて。。。とやっているともっと時間がかかり雨が来てしまいそうなので、手っ取り早く今回はタクシーで行くことに。

とはいえ、インドは安いですから。。。

往復120キロ(6時間)を予約しましたが、2300円程度です。

とてもカラフルで可愛らしい寺院。

様子を伺うと、長蛇の列。。。

普通に並んだら寺院の中に入れるのは4時間後だそうで。。。

ランチーの人々は結構お正月の初詣をするらしい。
(前話でインド人はあまりお正月を祝わないと書きましたが、訂正で場所によっては祝うということを知りました)

タクシーの運転手にお正月を家で祝うのか聞いてみたところ、
「ランチーの人たちはお正月は肉と酒!ここの土地の人はみんな鶏を買いまくっているよ」とのことでした。
確かに道中、肉屋が人だかりだった。
なるほど。土地によって祝い方も違うようです。

さて、話は戻って。
こういう長蛇の列の時は、寺院によっては特急チケットが販売されていて、一人1000円程度払うと、4時間の列をカットして入ることができたりしますが、この寺院はそういうチケットは販売されていませんでしたが、司祭にお金を払い、捧げ物を購入すると、列に並ばず司祭と一緒に入ることができ15分程度で参拝を終えることができました。

これがお供え物で、一皿約150円。

あっという間に終わった初詣だなぁと思ったのですが、タクシーの運転手が、ここまで来たからもう一軒寺院があるから、寄っていったらいいと同じ道路沿いにある寺院に連れて行ってくれました。

ここは人も少なく寺院も綺麗でとてもよかったです。




そしてさらに進むと、「滝」と書かれている看板。

運転手に、ここに滝あるの?と聞くと、10キロ中に入るけどありますよ。

すごく大きな滝で見ごたえあります。行きますか?と聞かれて、行ってください!とお願いし、全くの予定外に寺院2か所と滝つぼツアーになった。

ランチーに滝がいくつかあるのは知っていましたが、かなり遠いと聞いていたのもあり、自家用車があるわけでもないので、行ってませんでしたがたまたま初詣の寺院に行く通り沿いだったので、幸運なことに滝つぼも寄れることになりました。

滝の上から下まで、たくさんの人。
みんな昼食を持参しているんだけど、お弁当持参の人たちから、巨大な鍋に野菜、ガスまで持って来て調理している人たちもいました。
(カセット ガスコンロではなく、ガスシリンダーを持ち込んでいた!)
さすがインド人!

ちなみに、私は「水」が大好きなので、海、川、滝など綺麗な水のあるところに行きたがるのですが、グルジはいつも「滝なんてネパールにはいくらでもあるからさぁ。とりわけ見にいきたいとは思わない。。。君が見たいというから行くけど」と毎回シブるのですが、到着してその美しさを見ると
「これは素晴らしい!来て良かった!」と絶対言うんですよね。

お天気も崩れそうなのもあり、眺めてこの素晴らしいエネルギーを吸収して、サクッと帰って来ました。

帰ってくると、雨が降り出し、雨からも逃れて回れた初詣タクシーツアーでした。

これから新天地探しなのですが、
数日お天気が崩れるようなので、お天気が回復し次探出発する予定です。

予定ではブッダガヤです。
(理由は特になく、グルジがブッダガヤにしようと言うので。)

ブッダガヤは行ったことありますが、仏教寺院がたくさんあるところでかなり暑く、ドライな印象が。。。

まだ寺院エリアしか見ていないので、これからレジデンスエリアを見に行ってみたいと思います。


早朝ウォーキング

今回のセッションも無事終了しました。
今回も感動がたくさんありました。

27日まで延長しておこなっていましたが、セッションのご案内を出してから、インドでは「国籍法改正」が発表されヒヤヒヤ。

どういうことかと言いますと、近隣国からの移民でイスラム教以外には市民権を出しますが、イスラム教徒には出しませんと。。。

そんなことして大丈夫なの?と思いましたが
全然大丈夫じゃありませんでした。。。

インド全域でデモとなってしまい、デモが起きているところはネットが切断され夜間外出禁止令が出ています。

私たちの住むランチでデモが始まったら、セッション中にネットが一切使えなくなるので、一瞬緊張感が走りましたが、幸いここは平穏に過ぎました。

このデモはヒンズー教の人たちもたくさんいるというのが驚き。

ご存知の通り、ヒンズー教はイスラム教を敵視していて、いつも張り合り、昔からお互いの寺院を壊しあったりもしてきています。

それもありパキスタンをぶっ潰そう!というニュースが出ると、もう国民は大盛り上がり。モディ首相も支持率を保つために、パキスタンをぶっ潰す戦闘機を19機買いました!なんて言って国民の支持を得ているんです。

その勢いで、これからはイスラム教には市民権を出しません!と発表し、彼としてはこれで大盛り上がりでさらに支持率を保てるだろうと目論んだのだと思いますが

まさかの大転倒。

ヒンズー教徒が「これはヒンズー教とかイスラム教とかいう問題じゃない。国としてあるべき形ではない。これまで住んできた人間に市民権を出さないなんて、全く民主主義ではない。」と怒りまくっているんです。

つまり、政治家がイスラム教を追い出そう!と煽っているだけで、大半の国民はお互いを嫌っていない。。。。というのが現実だと明るみに出てしまったんです。

政府側は引くことも押すこともできず、デモが収まるのを待っているようですが

まだまだ収まりそうにありません。。。。

しばらく様子をみるしかないようです。




さて、セッションが終わった翌日は12時間死んだように眠っていました(笑

目覚めるとパキーン!と充電完了。

年末の大掃除!

そして今日はまだ行ったことのなかった、近くにある小さな寺院を参拝です。

実はランチで早朝歩くのは初めて。
早朝にいつも寝始めていたので。。。

セッションの時は朝早起きのスタイルになるので、ついでにこのまま早寝早起きスタイルをしばらくやってみようと思います。

朝の空気はやっぱりいい。

道中かわいい蔓になる実を発見。

寺院までは2キロほど。

グルジとトコトコと民家の細い道を抜けると
なんと巨木のタマリンドの木を発見!
タマリンドで作るソースはとてもおいしい。

オーストラリアで庭にこの木を植えたけど、うまく育たなかった。。。
あまり気候が合ってなかったのかも。
こんなに大きくなる木だったんだぁと感動。

寒いので麻布をかぶせてもらっている子牛。
まだ人を恐れていないので、すごい近づいてきてカメラなめられそうになった(笑

うちから2キロ内陸側に入るだけでこんなに大きなスポーツ広場があるとは。
朝からクリケットにバドミントンとスポーツが行われていました。みんな朝から元気です。

ついに寺院に到着。
小さな寺院ですが、地元の人たちはこの寺院によく来るそうです。

この地で無事に暮らせたので、お礼の参拝を込めて。

朝はまだ7度くらいでとても寒かったのですが、帰路では一気に気温が上がりとても気持ちよかった。

さて、これから新天地探しです!

やりたいこと

ランチーは2ヶ月ぶりに雨が降りました。

39~41度を毎日繰り返し、朝になると恐ろしい寝苦しさで目を覚まし、水のシャワーを浴びても2時間後には意識が朦朧として眠くなるよな日々でしたが、久しぶりのストームで一気に気温が下がり、ナチュラルなエアコン状態に感動!


最近の食の話。
ここのところ、朝食は全粒粉やオーツ粉を混ぜたナンにはまってます。

以前旅先でグルジが「ナンを食べたい。。。」と言い出し、ナンという物自体タンドリーの釜で焼くもので、どこのレストランでもやってるわけじゃなく、ナンを作っているレストランを探すのにすごい苦労し、やっと見つけたレストランもあまり綺麗じゃなくて結局アンハッピーな結末。。。。

そんなドラム缶のようなサイズの釜は家には置けないので、家で作れるものではない。。。と思い込んでいたのですが

調べてみたら、オーブンでもフライパンでもできるではないですか!家で食べさせたら旅先で「ナンが食べたい。。。」なんて執着しないだろうと思い(探すのが大変!)ガーリックナンやイタリアン風にしてハーブとオリーブナンを作ってますが「家でナンが出た!」と飽きずに喜んで食べてます。


さてさて、

今日のトピックは「やりたいこと」

何かやりたいことがあるって幸せなことですよね。

ただそれで成功するかどうか、または成功するまで頑張れるか、納得が行くところまで粘れるのか、それですぐに職にならなくてもやり続けられるのかが問題ですが。

ある、インド人家族の話ですが

息子が昔のように勉強しなくなってしまって、とにかくクリケットに夢中。

クリケット以外は考えられず、でもどうにか勉強させたいと。

この息子さん、やったこともないのに狂ったようにクリケットに引き込まれてしまってクリケットが見たいがためにテレビに毎日かじりつき。選手の名前は全部覚えているほどクリケットしか本当に考えられないんです。

それ以外には関心も興味もない!

それだから余計にこの両親はどうにかクリケットに夢中になるのをやめさせようと必死で勉強に意識を向けさせたくて、クリケットを見ていると引っ叩き始めるという始末。

「あんな良い学校に入れたのに(私立で高額)何がクリケットだ!」と激怒の日々。

父親は息子を医者やエンジニアにしたかったんです。

こういう親は世界中どこにでもいますよね。

本人の意思にそぐわないのに、無理に自分たちの夢や希望を押し付けて最終的にやりたかった子供の夢は叶わず、その後も子供は何を目的にして生きていいのかわからなくなり大人になっても感性が削がれてゾンビのような人生を歩むはめになるなんてことはよくある話です。

最終的にこの親を説得して息子をクリケットクラブに入れさせました。

息子は嬉しくて、楽しくてより一層勉強しなくなってしまったのですが(笑

でもやればすごい出来る子なので、後々勉強が必要になればやるから大丈夫。それよりもこの子がちゃんとプロになれるまでしっかりとサポートしてあげて。と説得しました。

この子、パワーが半端じゃないんですよ。
夏休みはおじいちゃんとおばあちゃんのところに行く予定が父親の仕事が急に忙しくなって行けそうにないと言ったら「絶対に行く!お父さんが行くって言うまでハンスト(ハンガーストライキ)だから!」って一切ご飯を食べずに本気でハンストやっちゃう13歳。

ハンストで応酬するところがインドらしい!

本当に一切食べないもんだから、お父さんが折れて仕事を蹴って里帰りしてましたが(笑

これだけのパワーがあって、好きなことがはっきりしていて、経済的に余裕でありながら、やりたいことをやらせずに勉強だけに縛り付けておくなんて。

学歴のためにこの子の人生を台無しにしてしまうだけ。

このお父さんを説得し、今では一切暴力はやめてしっかりとクリケットのサポートをしているようです。

その甲斐あって、息子がフレンドリーになり「パパ、あのね僕はもう勉強はま~ったく身に入らないから。ね?もう勉強は無理だよ」って勉強しろとしつこくいうのをやめさせようとお父さんを諭そうとしているそう(笑

だいぶ受け入れられるようになり
先日「息子がクリケットの試合で活躍して賞をもらった!」と嬉しそうに写真を送ってきてました。(話によると、クリケットクラブで活躍していればプロに抜擢されるようになるそう)

やりたいことがはっきりしてるなら、どんどんやらせたらいい。

もちろん親は大変ですよね、習い事はとにかく費用がかかるし、しかもプロ目指すとなったら親は本当に大変だと思います。

でもやりたいことがわからないと感性が鈍ってしまっている状態より、それが何であれはっきりわかっているというのは素晴らしいこと。

このままプロまで行けるとなったら、それは金の卵!

私たちは大人になると、段々とやりたいことを最後までやり抜くということを諦め気味になります。やりたいこととお金がすぐに結びつかなかったり、このレベルまで登りたいと思っても時間がかなりかかる、または時間もお金も投資しても成功の保証がないとか、いろんな理由を挙げては続かなかったり、始められなかったり。

始める度胸や勇気がないという人たちもたくさん見てきました。

始めることも内容によっては大変ですが、続けることはもっと大変。。。。

でも本当に好きだったら成功の保証とか考えられないはず。成功でも失敗でもそれが本当に好きだったらそれ以外に道がないし、それを完全に満足するまで追求するはず。

グルジは本当に一つのことが好きで、それしか自分にはないと思えるほど打ち込めるものがあるなら12年って言ってます。

12年頑張れたら、何かしらの結果が必ず出ると。

ちなみにグルジは「行」に入り15年。

自分の行から得たことを書籍として世の中に貢献したいんです。

「3年も遅れてるじゃんっ!」って発破かけてましたが、ついに本が完成に近づいてます(笑