インドの王様のはなし

インドは以前、各地に王様がいたのですが、その時の実話。

 

ある男性がバラナシにヒンズー教の大学をつくりたいと思いたった。

でもどこかから資金を調達しなければならない。。。

そこでバラナシの王様のところに出向いて、寄付金を出してもらえるかお願いしてみることにした。

「バラナシに大学をつくりたいのですが、資金を寄付していただけないでしょうか?」

王は「ヒンズー教の大学だと?ふざけたこと言うな!出て行け!」と履いていた靴を投げつけ、男を追い出してしまった。

それもそのはず、王様はイスラム教だったので、ヒンズー教とは敵対する関係だった。。。

その男は投げつけられた靴を持って、逃げ出していった。

が!

ことはまさかの展開へ。

その男は王宮に連絡をし「王様の靴をオークションに出すことにしました!2週間後です!」と伝えた。

王様は大慌て。

側近をオークションに送りつけて「いいか、どんな値段になってもいい。靴を取り戻してきてくれ。。。」といいつけ、最高値で自分の靴を落札。

ここで買い取らないと、王様は教育関連にすら協力しなかったと汚名が広がるだけ。。。

最終的に王様から大学の資金が調達できた!

という話。

学校設立協力に宗教間は関係ない。

本気で何かを社会のためにやろうと思ったとき、やはり天界がうまく働きかける。本気で決めた者勝ち!

出すべきところから、どうであれ出ることになっている。

 

しかしこの大学を設立しようとした男性、頭がいい。。。

最近グルジから聞いた話で、一番好きなストーリーでした。

 

カルカッタ

 

野暮用があり2月にカルカッタに飛びました。

カルカッタは何気に一番気になっていた場所でもあり、グルジ曰く大きなシティなので2、3泊程度では見きれないとのことで、なかなか行けなかったのですが今回は丁度用ができたので、ついに念願のカルカッタです。

何が念願って、スワミ ラーマクリシュナ という行者が住んでいた大きな寺院がありいつか参拝してみたいとずっと願っていたんです。

確かにカルカッタは大きなシティでした。

まず最初に到着して何よりも驚いたのが、貧富の差。

空港から宿に行くメインの大通りには貧しい人たちの小屋がずらりと立ち並んでいました。

交通量は半端じゃなく多く、大型トラックもたくさん通り大気汚染にまみれる中、真横の歩道付近に住み洗濯物を干している。。。

別の通りには川が流れていますが、その川沿いもプラスチックシートを継ぎはぎしたような屋根に今にも崩壊しそうな木造の掘っ建て小屋がずらりと並んでいる。。。

排水下水、ゴミもすべてが川に流され川はヘドロとゴミで近くに寄れないほど不衛生で汚染されている。

インドにはまだまだたくさん貧しい人たちがいるのは確かなのですが、この巨大なシティの真ん中にこんなに恐ろしい現状があるのはかなりショックでした。

数が多すぎて撤去のしようもないし、せめて政府がもう少し面倒をみることができたらとしみじみ感慨にひたりました。(去年、今年とどれだけアメリカから戦闘機を購入したんだっけ?アメリカがインドの面倒を見るとでも思っているのだろうか?そんな金があるなら、この人のたちをもう少しどうにかできただろうに。。。とインド政府にはいつも疑問に思う)

マザーテレサの時代から変わっていない貧困の人たちが未だにいるとは、本当に衝撃が大きく頭に焼き付いてしまった。とはいえ、何キロにも及ぶ量の人々なだけに解決するのはとても大変なことなんだと思います。

ひとまず気持ちを切り替え、用を済ませ

残りは歴史的な場所や寺院の参拝。

インドは場所によってUBERやOLAのタクシーがあるので、シティの中の騒音と大気汚染を避けながらもリキシャより安くエアコンで目的地に行けます。
(オートリキシャはぼったくるので、タクシーの方が確実に安いし快適)

シェア(乗り合い)を選択すると、半額近くで近場ならもうバスと大して変わらないくらい安く行ける上、今回はシェアを半分以上使ったのですが、乗り合いで一緒になった人たちからローカルの情報なんかも色々聞かせてもらえた。
カルカッタの人々はとても親切だった。

 

まずは、マザーテレサの家。

大通りでタクシーを降りると、細い道に入り、マザーと同じブルーのラインが入ったサリーをまとった修道女たちがいた。

中はとても静かで写真撮影が出来るところは限られている。

入り口を入ったところにあるマザーの銅像

マザーの部屋もあった。

きっと穏やかで柔らかいエネルギーなんだろうと思い、階段を登り鉄格子越しにみると

そこから出ているエネルギーは想像とはかけ離れ、とても忙しいエネルギーだったのに驚いた。

そうか、マザーは愛に溢れているとはいえ、やることが山ほどあり、あちこち飛び回ったりするほど忙しい人であったことをすっかり忘れていた。

あのマザーもこの貧困の人たちを見ては、心を痛め、自分のできることからやったと思ったら、すごい魂だ。。。と本当に脱帽します。

 

マザーの墓碑の前で祈りを捧げるインド人女性

続いて、

ついに念願のスワミ ラーマクリシュナのダクシネショール寺院へ。

ここだけは街から25キロくらいあり、とても遠い上カルカッタは道路も所々混むので1時間くらいで着くとの予想は大幅に外れ、2時間半くらいかかった。

その上ACバスで行きなとみんなに言われたのに、ACバスが20分待っても来なかったので仕方なし普通バスに乗ってしまったのも間違い。。。

なんとバスに窓が付いていなかった。。。その上めちゃくちゃ遅い。。。
そのため恐ろしい排気ガスをこの2時間半吸い続けなければならなかったし、途中からバスはすごい混雑でギューギュー詰めになり私たちは座っていても暑さでヘトヘトになった。それからローカルバスは使わないことにした。。。
(ACバスなら問題なかったのだけど。。。)

バスの運転手は降りるときに「あっち」と指差して寺院がある方向を指してくれた。

そして道路を渡ると交通整備の人がまた「あっち」と指差す。

指す方向に数百メーター歩くと、ついに!!!

ついに夢のダクシネショール寺院に到着!!!

写真ではすごく大きい印象があったのだけど、思ったよりも小さい???それにちょっと閑散としてるのですが、写真で見た寺院と確かに色合いや形も近いので、ここで間違いないと写真撮影。

「グルジ、ついに来ましたよ!写真撮りましょう!!!さぁさぁ前に立って!」

入り口のゲートにはチケット売り場と書かれている。
寺院なのにちょっとえげつないんじゃないかと正直思った。。。

エントランスフィーを取る寺院はあるので、それは別いいけどそんなデカデカとチケット売り場ってさ。。。と思いながらも買わないと入れないので、行ってみると

「ピンポーン 3番ゲートに電車が来ます」ってアナウンスが流れている。。。

「グルジー!ここは駅だーーーーー!!!」

ダクシネショール寺院と同じデザインで建てられた最寄り駅だった(笑

写真撮影までして恥ずかしいので、足早にまた道路に出て、オートリキシャに聞くとここから2キロくらい先だということで行ってもらった。

 

ついに今度こそ本当のダクシネショール寺院に到着。

写真撮影が禁止されているので、入り口で靴と鞄とカメラの全てを預けなければならず、持ち込めるのは財布だけ。

(写真はどこかからの借り物で、私たちは地元の人が勧めてくれたすいている日に行きました)

駅とは違って、広大な敷地にも驚いた。

ここは曜日によっては寺院の中に入れるまで何時間も待たされるほどの行列になるんだそう。私たち比較的空いている日に参拝したので、数分くらいしか待たずに入れました。

スワミ ラーマクリシュナの本を読んだ中での想像でしたが、きっと寺院の中は豪華で綺麗なんだろうなぁと期待していましたが、私の想像ととても近くて、まさしく思った通りで感動しました。

スワミ ラーマクリシュナはジーバンムクタとも言われ、生前解脱をした人と呼ばれています。

どんな宗教の神も信じて信仰してみるということをやった驚異的な人。

頭に鳥の巣ができるほどの瞑想をしていたとか。。。

この方がアメリカでたくさん講演をしたあの偉大なスワミ ヴィヴェカナンダの師匠。

ここに来れたのは夢が叶った思いでした。

 

続いて、グルジがもう一箇所行っておきたいところがあると。

それはBelur Math(ベルールマート)  と呼ばれる寺院。

ここはお弟子のスワミ ヴィヴェカナンダが設立した寺院なんだそう。

インドはカラフルなのが好きなのに対し、ここは土色一色という珍しいデザイン。

参拝している間に夜になってしまったのですが、ライトアップされた寺院は本当に綺麗だった。

ここは入口付近がお土産屋がたくさんたち並び、スワミラーマクリシュナ、サラダマー(妻)と一番弟子のスワミ ヴィヴェカナンダのグッズがたくさん売られてました。

スワミ ラーマクリシュナのキーホルダーを購入。

今私のデスクにはこのキーホルダーとシルディサイババの文鎮と
パラマハンサ ヨガナンダとその師匠スリユクテスワ二人の写真があり
インド聖者大集合みたいになってます。

ダクシネショール寺院もベルールマートも同じガンジス川沿いにあり、ボートで行けますが、ダクシネショールはさらにカルカッタのシティまで帰るボートが出ているので、帰りは大気汚染も渋滞もなく、のんびりとガンジス川を下って帰りました。(注:ベルールマートからはダクシネショール行きしかない)

ハウラー橋が観れるのは最大の特典。
この橋はやはり夜が見ものです。

 

翌日。

絶対に見学しておきたかったのは、アジアで初めてノーベル賞を受賞した詩人のラビンドラナート タゴールの家。

巨大な拡大家族で20何家族が一緒に住んでいたとか。

ここも中は写真撮影が禁止されているのですが、タゴール氏が詩を書いていた椅子もそのままあり、それは触れることさえ許されていた。

きっとこの厳格そうな容貌からすると、カチッとしたエネルギーなんだろうと思っていたのですが、椅子に触れてみると、まるで別世界に行っているかのようなファンタシーの世界というくらいそれはそれは筆舌にし難い、すごい世界のエネルギーでした。

さすが詩でノーベル賞を受賞するくらいの人となると、やっぱり別世界に入って書いているんだなぁと感動。

とても面白いことに、グルジはラビンドラナート タゴールにそっくり!

入り口でチケットを買った時には、チケット売りのおじさんが

「なんだあなたタゴールにそっくりじゃないか!」ってびっくりしてたほど。

グルジも「よく言われます」って返してましたが

本当によく似ている。

タゴール家は大通りから数百メーター中に入るのですが、その小さな通りは見ていて飽きなかった。

「はいからさんが通る」に出てくるリキシャがたくさんいた。
インド中どこでも自転車リキシャしか見たことなかったので、このスタイルを見るのは初めて。

カルカッタはメガシティだけあって、とにかく広くて見所があり、他にもいろいろな寺院や教会やパレスにも足を運びました。

 

ただこのシティでの一番の難点は、何と言ってもベジタリアンのレストランが限りなく少ないこと!

ベジタリアンのレストランを探すのは大変だと聞いてはいたものの、本当に私たちの泊まっていた近辺でも1軒しかなく、美味しいか美味しくないかは別として、そこで食べるしかなかった。。。

あれこれとても楽しかったのだけど、

最終的に一番印象に残っているのは、やはりあの貧困のレベルがとてつもない数で存在しているという現実。

人生そのものに対して深く考えさせられます。。。

物事の結果について

38度の日々。。。

この暑さ本当にやばいです。

ここは40度まで上がるそう。。。

Ranchi は今までいたインドのどことも違って、日中お店が開いてない。。。

多分暑いところだからか、日中は人があまり出歩いてなく、お店も閉まっているため通りも閑散としている。(街の中心部は開いている)

うちの近くで売られている野菜なんかは夕方6時以降にならないと売られないため、暗くなる直前まで待たなければならない。。。
早くから買い出しに出られないというのはちょっと時々不便なのですが。

でもここは今までいたインドのどこよりも便利です。

電車の駅も、空港も、お店も近く、アマゾンの配達も来る♡

ただ死ぬほど暑い。。。でもデリーの道路が溶ける48度と比べたらまだ涼しい方なんだけど。。。

ここランチーは巨岩がたくさんあります。

岩の上で瞑想ができたらと思っていたのですが、現実はあまり適していなかった。

登ってみたものの、若者の酒場になっているらしく、大量の酒瓶が割れていて全く落ち着かない。麓は貧しい人たちが住んでいるので、若者が暴力的になりやすくちょっと怖い。

岩場での瞑想を期待していただけに、全く瞑想に使えない場所ということが判明して少しがっかりですが、うちから眺めて瞑想することにしました。

うちの前

うちの裏。部屋からはこちらの景色が見えます。

 

現在はまだ自己浄化期間で集中的にクリーニング中。

ヒーリングをすると、久しぶりにぐっすり眠ったー!とよく聞きますが私もふか~いレベルに入って3、4時間浄化すると、10時間くらい平気で爆睡しちゃうときあります。

浄化以外にももう少し勉強したりブログを書いたりしたいところなのですが、何せこの気温。。。

頭が朦朧として、どうにもはかどらず。

そんな中でも汗だくでグルジは本を一生懸命書いている。。。

せめてグルジの部屋だけでもエアコンつけようかと思います。

良き本を書いてもらうためにも。

 

さて、今日は物事の結果について書いてみます。

自らの希望で何かをやってみたり、抗えない状況でその方向に押されたりと物事を起こす理由は様々だと思いますが、「結果」に対してどう捉えるか。

良くも悪くも、時には全く予想外の結果が待ち受けているときもあるでしょう。

良ければ「幸運だった」「起こるべくして起きた」と思えるでしょうが

悪かった場合「そういう運命だったんだ」「周りが全て悪い」「世の中は不平等にできている」と捉えてしまうこともある。。。

結果が悪かったとき、まず自分自身をちゃんと見直すことは第一。

自分の何がダメだったのか?

何ができていたらうまく流れたのか?

最悪なかたちで天界が学ばせる意図でそのようなことが起きていることもあるでしょう。

また自分には落ち度がなかったのに、うまく流れなかったという場合、天界から見たら、痛手を負っても結果最善のかたちになるからそのような結果を創ったということもあります。

その場合は、最悪の中にある最善の何かを見つける目でそのプロセスと結果を俯瞰してみる。このケースの場合は、結果が起きて暫く経って激しい感情も薄れてきた頃「あれはああいうことのためだったのか」と良く理由が見えてきたりします。

また、落ち度もなく最善も見つけられないという場合は

見えないカルマが働いていることがあります。

例えば前世で何かを種をまいてしまって、今世でそれを刈り取ることになっていたり。

その場合は「私が何をやったというの!」という結果かもしれませんが、前世のことまではわからないので、何も良いことが見えないとも思ってしまうでしょうが、カルマの清算ということで何かやってしまったことに対して、自ら同じことを被って清算になることがあります。

もしこの最後に該当するならば、潔く受け入れる必要があるだけじゃなく、恨み返しを絶対しないこと。

ここで恨み返しをすると、また悪行のカルマが発生しどこかでまた刈り取ることになります。ですからお気をつけくだされ。

なんであれベストを尽くして誠実に行動しているなら、結果がどのようなかたちになっても、後悔はないはず。

目指せ悔いのない生き方!

 

 

人間の尊厳

前回のトピックに続いて、インドの暮らしについて書いてみます。

インドでは中流階級の人たちが、下層階の人たちを敬わないのは明らかに出ています。

この国でここが見ていて本当に嫌だなと感じる部分。

先進国ではセキュリティガードや掃除婦や、レストランの裏で働く人たちが奴隷のように扱われることはないですが、この国では雇われている人たちは奴隷のように扱われていることがまだまだあります。

今私たちが住んでいるアパートにもセキュリティガードの男性がいます。

ここに来てからセキュリティガードがなかなか定着せず、今いる人で3人目。

これまでは若い男の子が働いていたのですが、セキュリティガードはつまらない仕事なので長く勤められず。。。

今いる男性はとても穏やかな性格で中年なのでちょっと暇な仕事が向いているタイプ。

それでも1ヶ月で逃げて行ってしまった。。。

グルジと私はこの彼以上にここのアパートのセキュリティガードに適している人はいないとわかっていたので必死で連れ戻そうと電話をしまくった(笑

あなたの問題を私たちが解決できるようにみんなに訴えるからだから帰ってきてー!とお願いしたら、「それなら帰ってもいい。。。」と3日後に本当に帰ってきてくれた!

実は私たちもここに引っ越してきてまだ間もない新人であり、家のオーナーでもないのでアパートのミーティングに出席する立場でもなく、大きく出れないというのもあり、問題を解決するのはちょっと大変だった。

まず第一に給料がいくらなんでも少なすぎる!

1日20時間労働みたいになっているのに、月給12000円だけ。

その上12月1月と夜は零度になるのに、お湯シャワーを与えない。

夏は40度にもなるのに扇風機がない。

洗車やっておけ!とタダ働きをさせる奴がいる。

私はヒンディーが話せないので、グルジを通してセキュリティガードに対して不適切な扱いをしている!と訴えた。

月給を上げる必要がある、冬場お湯を沸かすための電気くらいは共益費でまかなえるはず、扇風機は提供する、個人的に働いてもらいたいことがあったら必ず支払う!

グルジも住人に「セキュリティガードは人間です。せめて人を人として扱いましょうよ」と訴えたことでこの問題は解決に至り、このセキュリティガードは居続けてくれてます。

月給が異常に少なかったのは、共益費を管理しているおじさんがくすねてポケットに入れていたためだった!

これを機に発覚した!!!

アパートを所有する金持ちの住人ドロボーオヤジ!

この金持ちドロボーオヤジが、誰よりも一番人を人として扱わない下劣な人間だった。

インド人は自分より稼げない人間には、まるで物を扱うかのような態度を出すのは珍しくない。

基本自分さえよければいいという人が多いのは事実。

いや、そのような現実を作っているのはこの政治も多く関係しているとも言えるでしょう。

ちょっとお金があると、自分は下層階の人間をゴミのように扱うことができるお大臣さまになった気分になるらしい。

こういうのは多く中流階級の人間がやること。

上流階級のとんでもない金持ちになると、自分の働き手を可愛がっているのをよく見かけます。

この国は人間の尊厳というものを全くわかってない、人を人として扱わない人が多い。

これ、貧富の差が激しいインドの腐ったメンタリティーです。

インドだけではなく、どこの社会でもこういう人はいるのでしょうが、人に優しくできない人は自分の中に愛がない、自分を愛せない、不幸な心の人でしょう。

自分の心が不幸だから人も不幸にさせる。
自分の不幸さを当たり散らしているようなもの。

階級という言葉を使いましたが、言うまでもなく質素な暮らしの人たちが不幸というわけではない。

牛に餌をやって、毎朝乳搾りをして、野菜を育てて。。。とシンプルな暮らしをしている人たちは、お金は山ほどあって人を奴隷のように扱っている人たちとは比べものにならないほど、心は穏やかで豊かに生きています。

そこの家の牛を見るとわかるんです。

あんな巨体なのに、犬のように慣れていてすごい可愛がられているのがわかります。

暮らし方はどうであれ、やっぱり心の豊かさが何よりも大切。

人として生きている以上、人を人として扱い、人に優しく節度、誠実さ、思いやりを持って生きていたい。それぞれが、それを忘れなければ人間関係の問題は激減するでしょうね。

 

 

前世のはなし

Ranchiは暑くなったり、涼しくなったりと温度差が激しく変化し続ける天候が続いています。

セッション期間中、日に日に気温が上がって38度エアコンなしの状態に陥ったときはさすがにやばかった。。。

途中から雨が降り出して、26度くらいまで一気に下がり毎日曇り空が多かったのでこの10日間ほど涼しく快適に過ごせました。

そしてここ数日また気温がグングン上昇中。
40度になるのももう時間の問題みたいです。

 

今回は性格と前世の影響について書いてみたいと思います。

ある飲食店での話。

この飲食店ではBさん(外国人女性)が勤めているのですが、

このBさん、人の真似をいつもするのだそう。

例えばCさんがいい時計をしていれば、こっそり同じものを買ってきてCさんの出勤してない時にそれを着けてきたり、Aさんが1ヶ月のホリデーをとるといったら、すぐさま「私も1ヶ月のホリデーを取る」と言い出したり、誰かが指輪を着けてきたら、Bさんも指輪をつけてきたりと、どういうわけか真似をする癖を持っている。。。

大っぴらに「その時計あまりにも可愛いから、私も買っちゃった!」と言うならまだしも、こそこそと真似をして同じものを購入するのを誰も良く思っていない。。。

特に女性同士の間ではこの「真似癖」やダラけた勤務態度も好かれてない。

がこういう人に限って男には可愛がられる(笑

 

「1ヶ月のホリデー何をするの?」と聞かれると

Bさん「実家に帰るけど、その間アパートのレントも学費も払わなきゃならないし、経済的にきつい。。。どうしよう。。。。」という。

つまりホリデーをそんな長期で取りたかったわけではなく、私だって取れるのよ!というのを見せつけたかっただけ!?

何かしらのジェラシーが絡んでいるのは言うまでもないのですが
その競争心はかなりのもの。

多少のジェラシーは誰でも感じたことはあると思いますが、羨ましいと思ったところで毎回人の真似をするということまでしなきゃならないというのは少ないんじゃないでしょうか。

そこでこの方の前世を見てみました。

なんと、

このBさんの前世は、インド人の女性。

昔のインドのシステムで女性だけで暮らす女社会。

インドでのこのときの暮らしはというと。。。

それはそれはドロドロの女社会で、巨大な拡大家族みたいなもので、皆身内の女性。

男は男で別のところでまとまっているのですが、夫の収入額で女社会での妻のポジションが決まる。

夫の稼ぎの多い女性は良質で綺麗なサリーを着て、高価な装飾品も着ける。

その女性たちの中でも、自分は金持ちだというのを皆にひけらかしお金のない若い女性には「あんた、食器洗っておきなさい」「掃除しておきなさい」となんでもこき使い、まるで奴隷扱い。

どうやっても若い女性は上に出ることができない。

ついにこの若い女性は結婚するのですが、夫の稼ぎは良くない。。。

私だって、いいもの身につけられるというのを見せてやりたい!私だって!私だって!

この若い女性がBさんの前世でした。

「私だって得れるのを見せてやりたい!」という思考のくせが今世でも際立って出てきてしまっていたのです。

こういうのを見ると、一風変わった性格には納得がいきます。

こういう人が近くにいるとイライラしやすくなるのも、わからなくもないのですが、このバックグラウンドがあって「私だって!」に駆られていると思ったら、自分のイライラするエネルギーや時間がもったいない。。。

Bさん本人は、いつか「私だって!」に駆られている自分がいるとはっきり認識し、それはなんともバカバカしいことだ。。。。やめよう。。。と思わない限りずっと続く。。。。

このパターンに限らず、自分の嫌に感じる性格そのものは、やめる!と決めて新しいパターンを入れてあげないと、ずっと嫌だ嫌だといいながらそのパターンを続けてしまいます。

自分を客観的に鳥瞰してみる。
もしこの人(自分)が他人だったら。。。。この人はまともだろうか?
適切な振る舞いをしているだろうか?

もしおかしなところがあるとわかったら、まず第一に認識して、それを認めること。

嫌なパターンを発見したら、その代わりにどういう適切なパターンに変えたらいいのかを考え、その好ましいパターンを行動に移す。

新しい習慣を何度も繰り返し、それに慣れれば古いパターンは追いやられ、新しいパターンが自分のものになります。

初めのうちは古いパターンが出たくて仕方なくなるので、抑えるのも大変だったりしますが、適切なパターンを繰り返すことでそのうちおさえつけなくても自然に適切なパターンが出せるようになります。

またはそのパターンに対して瞑想する。
浄化されるまで瞑想する。。。
浄化されてしまえば、自然と新しいパターンに入れ替わります。

書くのは簡単ですが、何をやるにも継続する努力が必要。

一生は短い。やるかやらないかは自分次第。

 

 

毎日ありがとう

今回のセッションは7日までだったのですが、期間内でのお問い合わせを多く頂いてしまったため11日まで延長しておこなっていました。

今回もまたみなさまにお会いできて嬉しかったです。

これから暫く自己浄化期間にはいります。

 

このセッション期間、私はセッション以外何もできないので、大変なのはグルジ。

家の掃除から洗濯、食事の支度まで何でもこなしてくれました。

私も休憩時間に手伝いたいところなのですが、私は次のセッションに向け準備をしておかないとならないので、本当に何も手伝えないのが現状。

でも文句ひとつ言わず美味しい食事を毎日作ってくれました。

私たちのライフスタイルはできるだけ相手を思いやることをモットーにしています。

何かをやってくれることが当たり前という態度をとらない。

食事を作ってくれたときは食べる前に「作ってくれてありがとう」と言ってお祈りをしてから食べる。

ちょっとしたことにもきちんとありがとうを言う。

拭いておいてくれてありがとう
洗濯物取り込んでくれてありがとう
買ってきてくれてありがとう

そんなことやって当たり前!という態度を出すと険悪なムードになってしまう。
そういうエネルギーを作り出すのも嫌だし、平和でいたいのでできるだけありがとうに徹する。そうするといつでもお互い協力的でいられます。

相手に文句を言いたい時も、感情的にならずに
ユーモアを混ぜて言うようにしてます。

私はいつもグルジのトイレの使い方が汚いのがどうしても嫌なんですが

「グルジ、最近トイレ使うときホースを振り回すように用を足してません?
壁から天井から洗うのが大変で。。。。できればもう少し一か所にしてもらえると掃除が楽なんですけど。。。」なんていうと

「どうやったらそんな100倍も大げさにしたストーリーが作れるんだよ!!!」って笑ってますけど、こっちが文句言いたいのは通じますから。

できるだけ怒らない、怒らせないような工夫をして話すことで明るく平和な空気を保つように心がけてます。

基本グルジは朝食を担当。(私は4時くらいまで起きていることが多いので、朝起きれないため。。。。)

お昼の軽食と夕食と掃除は私が担当。

食事はお互い何を作っても文句は絶対言わない。

と言ってもまずいものが出ることはないので。

食事は特にできるだけ表現を豊かにするようにしてます。
グルジは料理に対して褒めるというのは全く習慣がなかったので、殆ど褒められたことがなかったのですが、私がグルジの作ったものをいっぱい褒めていたら、やっと私の作ったものを褒めてくれるようになった!

以前は好きなのか好きじゃないのか、わからないくらいで美味しい?って聞くと「うん」と言うだけだったり。

今日の夕飯何にしよう?と聞くと、「昨日食べたやつ」と答えてきて
「また昨日と同じの食べたいの?」と聞くと「うん、あれは美味しかった」みたいな。
3日目「今夜は何にしよう?」というと、「昨日食べたやつ」
「え?3日連続同じの食べるの?」というと「あれは美味しかった」みたいな。。。

あまり表現しなかったので、こんな会話であの料理は好きだったんだと知るというのが普通だったのだけど、グルジが作ってくれたときは

「すごい美味しい!」「毎日これでもいいよ!」「どうやったらこんな美味しい味付けになるの!」みたいに私がリアクションを出すので、最近は私の作るものも褒めてくれるようになりました。

褒める、ありがとうをこまめに言う、ユーモアで不満を言うというのを
普段の生活に取り入れると多くの時間笑顔と平和でいられます。

近くにいる存在だからなおのこと、こうする必要がある。
大切な人だと思うなら、丁寧に扱う。

これ逆にしちゃうと、縁が切れても困らない人に気を使って
そばにいる大切な人といつもバトルです!