10月オンライン セッション

 

10月3日(水)から9日(火)までのセッションのお問い合わせありがとうございました。

満員となりましたので、受付を終了させて頂きました。

 

これまでは2週間でおこなってしまいたが、今回は1週間と短くお問い合わせを頂いたにも関わらずご都合がどうにもつけることができなかった方々、大変申し訳ありませんでした。

残りの1週間は年内、11月下旬から12月上旬にかけておこないたいと思っておりますので宜しくお願いします。

 

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インドはこの6日間連続で晴天になり、やっと3ヶ月間のジメジメモンスーンが本当に終わったんだと実感し始めたところです。

空が抜けただけでこんなに清々しく感じるとは!

ランチーはこれからベストシーズンに入ります。

暑くもなく寒くもなく、湿度も低く気持ちのいい気候になります。

雨が上がったので、やっと屋上でヨガストレッチです!

 

 

瞑想に入る前の基本

 

瞑想は精神を落ち着かせたり、バランスを取れるようにしたり、究極の自分を知るためにおこなうものですが、

その前に普段から常々何を自分は考えているのか、どういった思いを多く巡らせているのか、自分という存在をどう見ているのか、どういう人間だと信じているのか、世間からどういう人と見られていると信じているのかを確認する必要があります。

頭がスピンしすぎてしまう人も、客観的に自分を観察できてなく早い思考や感情に持っていかれてしまうと瞑想にも入れなくなります。

なのでまず第一に、自分の思考を客観的に観察する。

ただ見てるだけです。

 

こういったことを考えている私は良くないとか、何でこんな昔のことを考えてしまうのかとか、考えていることに善悪のジャッジをしない。

そして考えていることに飲み込まれない。

客観的にただ見てるだけの状態ができないと、考えていることと感情が自分の思考をハイジャックするので、あっという間にその思考の中に入ってしまいます。

イライラしたり、悲しくなったり、不安になったり感情的になり出したら客観的に観察が出来てないという証拠。

なので感情的にもならず、善悪の判断もせず、ただ見てるだけをとことん練習するんです。

 

これができないとまず瞑想に入っていけませんし、自分を知ることすらできない。

書くのは簡単なんですが、やってみるとすぐに思考に飲み込まれます(笑

なので決意とトレーニングが必要!

それがある程度出来るようになったら、信じていることも客観的に見出していく。

 

例えば

信念1:自分は醜い

信念2:自分は醜いと世間から思われている(と信じている)

信念3:醜い自分が嫌いで罰してやりたい

意外にも綺麗な人がこういうことを信じていることもあります。

自分というのはどういう存在なのかという信念が、幼少の頃にかなり出来上がっている部分もあります。

例えば裕福な家庭じゃなかった場合、今はとても安泰した生活を送っていても昔の記憶や昔の自分の印象が抜けてないために、「私は貧乏の出だから」というヘビーな思い込みを後ろに隠し持ち続けていたり。

 

過去のことなんて、思い出してもゴミだめをあさるようなもんじゃありません?(笑

学習を得るために思い出すならいいですが、そうじゃないなら過去のことに引っ張り回されるのはエネルギーの浪費で無駄です。

先々の不安もしかり。

 

ひとまず頭が空回りしていたり、同じことが繰り返されていたり、自分の思い込みの印象から抜けれない場合も、まずは観察する必要があります。

しっかりと「知る」そして、そう考えている、信じている自分がいるということを「受け入れる」それから「変容」になります。

 

傍観者になり、判断を一切せずに自分を自分自身で見て、聞いてみてください。

深い発見がたくさんあるはずです。

 

なぜ意識的に魂に繋がれない?

こちらはようやく雨が上がりそうな気配です。

3ヶ月半ずーーーーっと雨でした。

今年は嵐のような降りかたはなく、ただ絶え間無く降り続けた。。。という、これはこれで結構キツイ雨季でした。

 

オンラインセッションの予定についてですが、長雨の影響もありなかなか決行できずにいました。

9月の上旬にはと思っていたのですが、お問い合わせをくださっている方々、「やります、やります」と言いつつすみません!

もうあと少しで準備が整うところですので、近々始められる予定でいますので少々お待ち頂くことになりますが、よろしくお願いします。

 

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昨日久々豆腐を作りました。

この時期大豆が手に入りにくく、3ヶ月ぶりに入手!

というのも、インドは地元の商店では穀物は全てバルク売りなんです。(量り売り)

個装されてないのですごい勢いで虫がついてしまう。
特にこの雨の時期に虫が付きやすい大豆はお店側が売りたくないそうで、どこにもおいてない。。。

なので品質の良いものや地元で手に入らないものはデパートまで買い出しに行かないと手に入らない。。。

月一の買い出しです。

一手間かかるけど、やっぱり手作りのものは美味しい。

 

 

さて。

話は変わって

三位一体と言われる、肉体、精神、魂の三つの構成がありますよね。

その中の魂のレベルには前世の記憶も、叡智も全て備わっている。

つまり自分で解決できない問題なんて初めからないし、自分が自分のカウンセラーであれるはず。

でもそうは簡単にその境地に届かないというのは、非常にもどかしい。

全ての人間が持ち合わせているにも関わらず、コネクトできない。

 

何がこんなにもブロックさせるのかとグルジと話していました。

グルジは「魂の領域には揺れ動いている状態では入れないからだ」とあっさり。

そうか。そりゃそうだ。そう言われちゃうと、瞑想して入るしかないと話が終わっちゃうんだけど。。。。

 

私たちのマインドは常にポジティブかネガティブかで揺れている。

中間であまりどちらでもないものはマインドが好まないので、マインドはすごいポジティブかすごいネガティブかにくっつきたがる。

すごい美味しい、すごい楽しい、すごい気分がいい、すごい嫌い、すごい怖い、など、記憶が強く残るのもこういった、強い感情や感覚があったことであるはずです。

良くも悪くも印象の強かったことが、記憶としてよみがえってくる。

 

大体、マインドの動きは過去の印象に振り回されるか、想像を繰り広げて頭がスピンしてしまうかが一般的。

グルジ曰く、過去のことは「記憶」になるので、記憶の領域ばかりを使っている人は眠気を多く感じる。

想像の領域を過剰に使いすぎる人、不安が多かったり未来を心配しずぎたりする人は不眠症に陥りやすくなる。

という。

 

どんな感情であれ、どれか一つが主導しています。

ただ良いか悪いかは別として、高揚していても落胆していても振り子が激しく動いていることに変わりない。

そのような状態がどちらでもない、つまり高揚も中間にきて、落胆も中間にくる状態に持ってくる。

その状態に入らないと魂の領域にコネクトできない。

魂の状態がそうだから、まずは頭をその状態に合わせないと、門が開かないってこと。

それが瞑想の状態。

 

もちろん魂の領域に一切コネクトしてないという意味ではなく、当然繋がっているのですが、意識的に繋がれないのは、この思考が邪魔をしているからということです。

なんともシンプルなことが、不可能に感じるほど難しく出来上がっているこの次元と惑星に生まれてきちゃいましたねぇ。

 

でも誰もが自分で瞑想の練習をするならば、こんな私のようなヒーリングやカウンセリングは一切必要ないし、誰もがどんな問題でも自己解決できる!

 

いつも思うんですよね。

ヒーリングだのカウンセリングだのって、大きなお世話だよなぁって。

誰もが自分で出来る力を持っているのだから、それぞれが自分の持っているパワーを最大限に引き出していってもらいたい。

ヒーリングやセッションの効果があったというお知らせは嬉しいですが、何よりも一番嬉しいのは、セッションが必要なくなること。

 

自分の足で力強く歩める。

これ以上嬉しいことはないです。

 

心と頭

 

誰にでも心で感じていることと、頭で考えていることが違うという経験をしたことがあると思います。

この差が大きければ大きいほどストレスになったり、悩みが増えてしまう。

 

頭で考えることは今世で学習したこと。

家族や社会からどのように振る舞うべきかを学んだり、扱われ方や環境によって自分はこのような存在であるという思い込みになってしまい、自分はそうするべきと多く自動的に(無意識的に)反応してしまっている。

 

心で感じることは前世から培ってきているものなので、生まれ変わりの多い人や経験の多い人は前世で積んでいるものが山ほどあるため、深い感覚や学びを持つ人が多い。

よく、心ではこういうふうに怒っちゃいけない!と言いながら家庭内で怒鳴り散らしている自分がいるとか。

本当はこういう道に進みたいのに(心)、損得勘定を含め甘えられる状況があるから今やっていることをやめれないとか(頭)。

心で感じる方を選択できたらすごい幸せなのに、頭がそれに賛成せず心と頭が離れてしまっている生活。

 

まず一つ必要なのは「勇気」。

選択があるのなら始める勇気。そして新しいことを選択する勇気。

人生は、こうなりたいけど。。。こういう道に進みたいけど。。。。

と言っている間に終わってしまうから、本当にやりたいことがあるなら勇気を振り絞ってみる。

やめたいことをやめるのも勇気。

 

また、やりたいことはあるけど夢になっている場合。

現状の自分と現実味のある夢の自分に距離がある場合は「努力」。

やりたいけど、そこまで到達できるか。。。みたいな未知のレベルにある場合、好きなことなら到達できるかどうかは忘れて、ひたすら努力を積む。

結果をすぐに得ようと考えずに、ひたすら前進!

 

結果がすぐに得れるものは、小さな成果にすぎない。

納得のいく大きな成果は時間がかかるもの。

 

心を選ぶか、頭を選ぶかはどちらが強いパワーを持っているかにもよります。

小さい頃は良かったのに大きくなったら悪くなった。

または小さい頃はワルだったのに大きくなったら良くなった。

 

どんなに環境が悪かろうと、心に強いパワーを持っている人は絶対改心するし良い方に進む。逆に良い環境があっても心に腐った記憶や経験が大きく積まれていれば、心が弱いので傷ついた瞬間に悪い方が優勢に出てきてしまう。

 

例えば親に捨てられた悲しみから脱線し、ひねくれ暴力的になったとする。

親に対する恨みと愛が得れない寂しさや孤独を世間にぶちまけたい思いでいっぱいになっていたとする。

この場合、ひねくれすぎて本人も社会ももう心が腐っているように思うかもしれないけれど、これは今世での経験の一部で、心ではなく「頭」で動いているだけです。

 

ですが、この状況でたった一人素晴らしい大人に出会うことができたとして、そこから改心へと一変。

ここでの改心に繋がるパワーが「心」のパワー。

前世で培った強いものがあれば、どんな苦しい状況でも良い方向へと引っ張っていける。

その引っ張れる力が「心」のパワー。

心に強いものを持っているのなら、感情的にならず、損得勘定やエゴに流されず正しいことを選択することができる。

 

でも頭は今置かれている環境で生き抜くために悪賢くもなれるので、心を凌駕したがる!

 

だから頭もしっかりと理性を働かせてなくてはならないもの。

感情的になるのを抑えるのも頭の役割ですから。

 

頭はしっかりと理性を保ち、心は強く愛を持っていたら、真っすぐ勇気を持って自分の進みたい方向に進めるはずです。

 

身体に合わないものと不足を見つける

 

自分の身体のことは知っているようで意外と知らなかったり気づいていなかったりします。

結構多いのが、便秘になりがち、下痢になりがち、頭が重くなる、咳が出やすくなる、倦怠感に襲われるなど。

特定の病気ではなく時々そういった症状が出るという場合、食べているものを注意深く観察する必要があります。

意外なものが自分の身体には実は合ってなかったりします。

 

でも色々食べちゃっているからどれが合ってないのかよくわからなかったり。

日本だとお米がメインになるので、お米なしにご飯が食べれない人もたくさんいるかと思いますが、私の場合「米アレルギー」があるようで、日本のベタベタするタイプの米は全く体に合わないんです。

ですがインドに来て気づいたのが、長細いバスマティライスという、パラパラとした玄米は身体に合う!でも丸っこいコメでくっつくタイプは玄米でもダメだった。

細かく細かく調べると好きか嫌いかは別として、合う合わないは結構ある。

グルジは牛乳が大好きなんですが、全く身体に合わないし、みるみるお腹が太る(笑

やめた途端スーッと細くなっていくのがわかるんです。

 

好きだから摂り続けてしまうことがありますが、やめた途端体質が改善することもある。

結構前にブームになったチアシード。

とても健康に良いようですが、残念ながら私の身体には合ってない。。。

でもグルジに摂らせたら昔の古傷の関節の痛みがよくなると言います。

 

オイルに関しては色々良いとされるものは試しましたが、 私の場合合うものは唯一生搾りのオリーブオイルくらいで、ほぼ全部合わない。。。

残念ながらチョコレートもダメ~!

 

最近調べたところ、生搾りのピーナツオイルがスモークポイントも高く、良いと書かれていてインドのオーガニックの生搾りのピーナツオイルを試したところ、ある一社だけがピタリと身体に合い驚いた。

 

パブリカで体調を崩す人もいますし、コーンが合わなかったり、アレルギー体質だったり、繊細な人は小さな一品で体調のバランスを崩したり疲労になるので、そういう方はまず一つずつ材料を抜いて1週間様子を見るようにします。

茄子科の野菜、ピーマン、トマト、ジャガイモ、茄子、唐辛子などは特にアレルギーが出やすい野菜でもあります。

例えば自分は便秘症であるとするなら、便秘になった前日食べたもの、またお通じの良かった日の前日に食べた物をしっかりとチェック。

そして普段から便秘がちなら、普段食べているものを1品抜いて1週間決して食べないようにしてみます。例えば米なら米で1週間米を抜いてみる。

特に変わらないようだったら、次の週はパンや小麦を1週間完全に抜いてみる。

またよく食べる野菜や果物、魚や肉など、1品ずつ抜いて調べてみます。

大体3、4日したら合ってないものが抜かれた場合明らかに変化が起こるので気づくはずです。

身体が軽い、頭がスッキリする、お通じが良いなどわかると思います。

 

あとは足りないものをチェック。

女性は特に鉄分が足りなくなるので、鉄が足りなくなるとやる気が出なくなったり、疲れやすくなります。もし赤肉は苦手という人はサプリメントや鉄分の入った健康飲料なんかを摂ってみます。

(私はベジタリアンなので鉄分のサプリメントなしでは追いつかない。インドのほうれん草は食中毒の原因になるので食べれない!笑)

オーストラリアだと自然療法医がイリドロジー(虹彩学)で眼球を見て身体に不足しているものを簡単に見つけてくれるので、これはとても手軽でしかも的確なので助かる。(日本の場合はやってるのかわかりませんが)

一つ足りないものがあって、それを足すだけでとても元気になったりすることもあるので、もしバランスを崩しやすい、またはずっと慢性疲労などという場合、特に悪いところがない場合は、引いてみるか足してみるかしてみてください。

 

ハートはどこに?

元モー娘のひき逃げ事件の報道がありましたが、ついにドラレコの衝突の瞬間まで出ましたね。

被害者の方々が軽症で済んだのは何よりです。

何に驚いたって、あれだけの勢いで衝突して被害者が吹っ飛ばされているのに、通行人はチラ見して「大丈夫ですか?」の一言もなく去っていく!?

流血してないから?

面倒くさい問題に関わりたくないから?

 

日本人って本当にこんなんなっちゃったんだ?!ってビックリ。

昔のように近所づきあいもなくなって、マンションでも隣の人と関わったことがないとか誰が住んでいるか知らないとかよく聞きますけど、実際のところ最近のインドもそう。

でもさすがにあの勢いで車に衝突されて吹っ飛んでいるのに、あれだけの数の人が声をかけずに去るというのはインドではあり得ない。

 

グルジにあのドラレコの映像を見せたら「な?君はインド人はダメだとかよくいうけど、ここまでハートは無くなってない。どれだけ冷たくなっちゃってるんだよ。インドはあれだけの通行人があの衝撃を見て何も言わずに去るってことは絶対ない。」と断言していた。

正直インド人は好きになるよりも、嫌になることの方が多いのだけど、さすがにこの言葉には同感だった。。。

 

インドだったらこの現場には30人くらいはあっという間に集まる。

何かと野次馬が大好きな国民性でもあるけど、でも何かあったら大人数で助けるというのもインド人。家族の結束が強く、まだ大家族で多く暮らしているところもあるので、助け合いの精神が強いのも確か。

 

インドは汚いし、大気汚染は酷いし、騒音がうるさいし、売りつけようとしつこいし、平気で騙すし、嘘ばかりだし、絶対謝らないし、悪い印象がどんどん増えていくのだけど、でもあのドラレコのハートのなさを見た瞬間、こういう苛立たせるような人たちでも、ここまでハートが冷えきってないと思った。。。

 

インド人ってものすごい気質が強いんです。ナヨナヨしてないというか。

以前ヴリンダヴァンというところに滞在していた時、イスコンのメンバーの外国人がたくさんいたのですが、みんなインド人と同じ格好をするんです。

クルタと呼ぶ上着が膝丈まであるコットンの上下セット。

だから後ろから見ると誰がインド人で誰が外国人かわからない。

でもエネルギーでわかっちゃう人が多いんです。

外国人は核家族で孤独を味わうことが多い幼少だったり、また自由恋愛というのもあるから新しい人と付き合っては別れ、結婚しては別れというのも自由。(今の日本も)だからいつも誰かを探していたり。。。

そういう意味でも自由すぎて心が孤独になってしまったり。

 

だから踏ん張れる何かが足りないというか、支えられていると感じる何かが足りないというか、そういう寂しさとか孤独とか、頑張りきれない弱さだったりがジワッと出やすいと思うんです。

そういうオーラを後ろから見たとき、「間違いなくインド人じゃない」とわかる。

 

私たちのような結婚、離婚、恋愛、同棲などが自由となった社会には、それなりの楽しさや喜びや自己意志の尊重なんかもあるんでしょうけど、でもそれがかえって落ち着かない、弱い精神を作り出している部分も多大にあるでしょう。

 

インドは結婚は親が決める相手が最初で最後。恋愛、結婚の自由はかなり制限されているけれど、親を信頼し尊重しているので、決められた相手で一生過ごすのも、絶対に貫き通すと強い決意となっているのでそれはそれで大半うまくいっている。

離婚は昔の日本のようにまずあり得ないし、離婚したらシングルで大変どころか、人々も離れてサポートしてくれなくなる。

その代わり、親の決めた夫婦間で問題が発生したら家族みんなで協力して解決しようとするのもインド。

親としてみたら自分が見繕った相手だから必死にもなります。

 

例え未亡人になったとしても、多くは再婚しない。再婚すると誰も自分をサポートする人がいなくなるからと言っていた。

(でも離婚ではなく、未亡人の場合は再婚も最近は社会的に受け入れ始めているそう。でも少ないです。)

再婚しない場合は周りがいつでもケアして助けてあげるのもインド人。

インドは家族が多かったりするので、何かとサポートし合う精神があり、そういう意味でも基盤が強くグラグラした精神を持つ人は少ない。

寂しいとか弱々しいエネルギーを持つ人が少ないと思った。

 

グルジは日本の精神病院の数に驚いていました。

日本人は精神病患者が多すぎると。。。

やっぱりインドのような大家族でサポートをし合う強さとか結束とか愛が減ってしまったのでしょう。。。

物ばかりが飽和状態で、心のケアの仕方が足りないというより、ケアの仕方がわからなくなっていってしまっているような。

 

インドの良いところ悪いところ、日本の良いところ悪いところと色々あるけれど、ハートだけは失わないようにしたい。

 

食当たり特効薬を発見

 

インドで長旅をしたことがある人はわかると思いますが、どこで何が当たるかわからない。

自炊をしていても、加熱した野菜ですら当たる。。。

というのもインドは畑の灌漑に川の水や酷いと排水を使ったりするところもある。

川の水は綺麗かと思えばこの国はトイレの下水をダイレクトに川に流すし、そんなのは序の口で、工場からの工業排水までじかに垂れ流し。

デリーの方になると工場が多いため、水銀の量は24倍と出ていた。

ある工場の排水で地下水が全て汚染され、それを飲んでいた住民が皆ガンや病気になっていた。それを住民が訴え工場は最終的に廃業に追い込んだというのも最近の話。

エリンブロコヴィッチ呼ばないと。

 

そういうエリアはもう食べれる野菜はないと思ったほうがいいくらい。

 

ネパール人のグルジの知り合いがデリーで数ヶ月過ごしたら、泣きながらグルジに電話をしてきて「もう俺ダメだ。。。本当に死んじゃうよ。どういうわけか何週間も下痢なんだ。。。もう立つこともできない。。。」って。

即デリーに住む知人をネパール人のところに送り、病院に運んでもらいましたが。

これも全て野菜だった。。。

青菜やカリフラワー、ブロッコリー、トマトなんかは、私の場合はですけど食べたらほぼ100%翌日立てなくなります。(野菜アレルギーは持ってない)汚水だけじゃなく、体が耐えきれないほどとんでもない量の農薬も散布されてます。下痢にならなくても立ち上がれなくなるので、もう食べない。

ちょっと前にグルジだけがスナックを食べて当たってしまった時、アーユルヴェーダもダメで西洋の薬もダメ。何を摂らせても効かなかったので、まずい。。。と思い、急いでネットで何が効くのか調べたところ、柔らかいうどんとか茹でたジャガイモとか、蜂蜜とかクズとか意外と普段食べているようなものが出ていて驚いた。

今ここにあるものだと蜂蜜とジャガイモやクズの代わりに片栗粉だ!と思い、片栗粉を小さじ多めに1杯を溶いて温め、そこに蜂蜜を大さじ1入れて飲ませてみた。

これが特効薬だった!!!

信じられないけど、本当にこれをグラス一杯飲ませたら、10分後にはトイレ駆け込みも一発で治まってしまった。

4時間おきに1杯ずつ飲ませて、様子を見たのだけど本当に治ってしまった。

で、後で気づいたのだけど、うちにあったのは片栗粉じゃなくてコーンスターチだった(笑

多分どちらでも効くんじゃないかと思う。(やってみないとわからない)

私自身はまだ試したことないのだけど、ほかの人にも効くのかも知れないと思い書いておくことにしました。

 

でも先進国に住んでいたら食あたりや食中毒なんてそうそうないですけどね。

 

眠っている能力

 

才能や能力は意外なところに意外なものが潜んでいたりするんです。

自分は才能がない。。。とか得意なものがない。。。とか思う人もいるかもしれません。

確かに今世ではとりわけ目立つものがないと感じるかもしれないけれど、自分の前世にもないし自分の両親や曾祖父母や先祖にも何一つ才能がないと言うことはあり得ない。

前世や血縁の才能も含んでいる集合体が自分。

 

得意なものがないというより、感性が沈んでいて得意なものが上がってこれないだけかもしれない。

 

また誰かが持っているエネルギーを自分にもダウンロードしちゃうことだって出来る。

例えば「写真家になりたい」とする。

自分の好きな写真家がいたら、その人を対象に瞑想するんです。

そしてその人の持つ才能を感じ取ることで、自分にダウンロードされる。

パソコンのように5分でとはいかないので、時間をかける必要があります。

 

または前世で積んだものが突如/徐々に現れることもある。

グルジは科学や天文学、心理学を総合して研究しているのでそういう話題しか上がらないのですが、(基本的無駄話がないので、どんなトピックが上がっても全て学問に繋がるようになっていく。これが楽しいんだ!)

 

5年前に
「君は天文学はもう学んでいる」と突然言ってきた。

私は「天文学はわからないし、興味ないし、痒くなる。水金地火木・・・・とかの並びを知ってるくらい。というか好きじゃなさすぎて困る。。。惑星と心理が繋がっているのを知っているのにどうやっても天文学って考えるだけで痒くなる。勉強すること自体が絶対無理」と言っていた。

 

確かにグルジからしてみると、天文学は私が知らなすぎて話し相手にならない。

それでもグルジは「興味がないんじゃない、もう前世で相当勉強したからだ」と言っていた。

そうは言っても、好きにはなれず。
でもそれをきっかけにちょっと宇宙について瞑想し始めた。(本は難しすぎて痒くなるから本より瞑想したほうが早いと判断した)

が、簡単な内容じゃない。

時間もかかるのでちょこちょこと気が向いたときだけ瞑想していた。

 

それから3年後

「聞いて!グルジの前世の一つがハッキリ見えた!ヨーロッパの大学の教授で天文学じゃないかな、教えてたの。それで自分の独自のセオリーを発見してそれを発表しようとしたとき、もう受賞は確実だった。でももう一人の教授が自分のセオリーで賞を獲得したいから、グルジに「お前がそのセオリーを発表したら殺す」って脅しをかけてきて。。。

舞台に上がることすらできなくされてしまった。でもそんなんで怖じけるような男じゃなくて、自分のセオリーを一番若い教授に全部渡して「いいか、一晩でこれを全部読んで理解して明日これは自分のセオリーだと言って発表しろ。」と言ってあげてしまった。

その若い教授は「自分がこんなセオリーを出すことなんて出来ないのは誰もがわかっていることで。誰も信じないと思うけど。。。」と言っても

グルジは「いいからやれ。それでお前が受賞しろ。」とまさかの展開となった。

結果、脅した男は受賞を逃し、若い教授が受賞した。

この若い教授は受賞後、誰もが疑うのはわかっていたので「これは自分のセオリーじゃありません。あの教授のセオリーなんです」とみんなに言ってしまった。

が新しい理論なんてそうそう出せるものじゃなく、その前世ではこの機会が最初で最後、壇上に上がることは出来なかった。

その悔しさが今でもまだ残っているから、新しい理論を掴みたいという野心が半端じゃなく今世でもあるという流れ。」

 

ということを話した。

グルジは「どこの国だった?」と聞くので、「ドイツだと思う」と答えた。

 

それから2年後、

グルジが

「思い出したーーーー!!!! 南ドイツの大学だ。ハッキリ見た。天文学を教えていた教授だったときの大学は今でもある!たった200年前の話で、その大学を見たらここだってわかるはずだ。しかも君もいた!君はその大学の生徒だったんだよ!この大学一のヤバイ生徒でね」と話していた。

「ちょっと。。。。そのヤバイ生徒って何?」と聞くと

「君は全教授が誰も君とは目を合わせようとしなかったほど、際どい、難しい質問をガンガン投げつけてくるんだ。他の教授は誰も答えられないようなことばかりで、唯一座って話し合って答えることができたのが私だけだったんだ。」

と聞いた瞬間

私の中で電流が流れるような感覚が走った。

そこから突如、前世で勉強した天文学が突然頭の中で開くようになり、グルジの言っている天文学がものすごい簡単に聞こえるようになってしまった(笑

今まで天文については多少の質問程度で、大して話し相手になってあげれないレベルだったのに!

それがいきなり、本当にいきなり、グルジの言う理論に対して

「そうじゃなくて、その観点を話すのなら地球の質量と月の質量を割り出さなくてはならないし、それにブラックホールからの距離も知る必要がある。そこをきちんと割り出す前にそんなセオリー話したってダメ。光と闇についての理論は簡単に言えばこういうことなんだよ。」なんて言っている自分がいて

自分でも誰だかわけがわからなくなっていた。

グルジは「私が何ページにも書いてきていることを、一行でまとめるなんて!一体どこからそんな考えが出てくるんだよ!?ついに出たな、前世の大学時代の君が出てきた。。。昔言っただろ。君は天文学は勉強してあるって。」とびっくりを超えてドン引きしていた。

 

これぞ、前世の記憶のアクティベートです(笑

アクティベートに繋がったのは、私の中で天文学の話し相手になりたいし、言っていることに対して抜けている部分は何か見極める力があればグルジの協力になれると思っていたから。

それだけじゃなく、の~んびりと数年かけて宇宙を瞑想していたのもアクティベートに役立った。

一番好きになれない学問がまさか一番勉強していたとは。。。

 

グルジは「さんざん勉強したから今世ではもういいって見向きもしないんだよ。不得意なんじゃない。もう学びたい欲望が満たされただけなんだよ。」と言っていた。

というわけで、全ての人の中に好きではない科目に、眠っている才能や記憶があると言える。

 

一つ言えることは、何か一つに集中することは大事。

集中するということはそれ自体がもう瞑想になっているから、ズッポリと時間を忘れるほど入りこめるのなら、それをさらに向上させる枝葉を勉強していくことで、気づかぬうちにアクティベイトされてくるものが色々出てくるはずです。

 

憎まず恨まず持ち越さず

 

今私たちが持っているこの「性格」は今世での環境や両親だけではありません。

インドでは「サンスカーラ」と呼ばれ、良くも悪くも前世からの経験で持ってきている質をいうのですが、これがやはりとても大きい。

例えば、酷い盗み癖があるとか、人を貶めてばかりいるとか、暴力的な癖があったり。

今世で環境によりその質が大きく出てくる要素があったのは間違いないと思いますが、同じ環境に二人いても、一人は暴力的になりもう一人はならないということもあります。

暴力的になる方は、前世でも暴力的だった過去があったりします。

嫉妬深い人なんかもそう。

嫉妬心を経験したことがない人はいないでしょう。

ただそこから良い方向へ切り替えて転換するか、ドロドロの嫉妬心の中で何十年も生きているか。後者の場合は前世でもよほどの嫉妬を経験していることが考えられます。

心の深いところで積んだ経験が癖になっているんです。

ただ前世が悪かったら今世では性格は変えられないのかと言ったら、もちろんそんなことはない。

 

ある暴力的な人がいたのですが、その人の前世は暴力的で怨みがましい性格だったのでそのまま今世に持ち越し。長年その性格を出しましたが、「人は泣かせるより笑顔にさせた方がいい」と改心に至り前世での癖を脱出!

よきカルマを積んで、人を笑顔にさせるということを常にするように心がけているので、この方は来世でこの良い部分が出やすくなるのです。

 

平気で嘘ばかりつく人もいますよね。

インドで人生初の嘘の塊でできたような人に会ったことがあります。

以前住んでいたアパートの住人でしたが、屋上にある水道の水をこっそりと止めて住人を困らせたり、アパートで行われた人の結婚式を台無しにしたり、労働者をぶん殴って「二階に住んでいるA氏が殴ったから彼は出て行った」とか、「共益費の袋が盗まれた、あいつが盗んだんだとか」全部自分でやっておいて住民をしっちゃかめっちゃかにしようとしている。。。

さすがインド。こんな人間いるんだ。。。と本当にびっくりしました。
(もちろんインドに限らず、どこにでも一定数こういった人間はいるのでしょうけど、自分が直接関わったのが初めてだったので衝撃的だった)

 

この人実は前世で殺し屋。

というか正確には依託殺人を請け負った前世。

だけど事は大きくなり、依託した二人は「俺らはそんなこと知らない」と逃げきり請け負った自分だけが処刑されることになった。

頼まれてやっただけなのに自分だけが捕まった!と悔しさにまみれた結果、今世では嫌なことをやっては人にお前がやったと言いたいと、嫌がらせをする人生を歩んでいる結末。

本当に残念な人生を歩んでいる。。。

どの人にも、長年人生を歩めば恨みたくなることは一つや二つ、いやもっと出てくるかもしれない。

でも恨んで死んでも怨みがましい性格を引きずるだけで、また仕返しをしに生まれ変わるだけ。それを何度も繰り返すんです。

どちらかが断つまで。

もしそういう相手がいるとしたら、自らが恨みを捨てて終焉に持って行くのが最善。

よく腐れ縁って言いますけど、腐っている縁なんだから腐った鎖は切る。

腐ってるからぶった斬って終わりというより、腐っているものがキレイになったら、執着のない純粋なものが残るだけになる。

純粋な状態には「好きと嫌いを超えた」人間性の愛が残るということ。

そこにいればいいんです。

 

許したくないという思いも「執着」。

自らその相手に執着してる証拠。

あいつは嫌いだ!と思い続けるのは執着。

自らその相手から離れないんです。

だから悪縁の鎖を切るというのは、執着を断つこと。

悔しさが残るって事は、あの人に愛されたかった、良く言われたかった、良く扱われたかったけど自分の理想とは逆のことが起きたという事ですよね。

その相手から理想とする何かが貰えなかったという執着を捨てなくてはならない。

 

考え方をポジティブに!とは言わないけれど(表面的なポジティブシンキングとか好きじゃない 笑)

でもネガティブなことが起きている中に、自分を強化してくれる何かを見出すことはできるでしょう。

そしてその自分をさっぱりとさせるには、どうすべきか、どのような行動をとるべきかを考える。

 

例えば、貧乏な環境で生まれていじめられたとする。その苦しさがどう自分を強くしてくれたのかとか、それによってどれほど貧乏人の苦労を理解でき、そういう人に思いやりを持てるようになったのかとか。貧乏じゃなかったら頑張れなかったし身につかなかったこともある。

この悔しさがあったから、ここまで頑張れたし学べた!みたいに自分の強みになっている何かが絶対にあるんです。

 

嫌な人間に対しても何かしら自分を強化できるような題材になっているはずです。

ないとしたら、日が射している方を見ようとせず陽の射さないところばかり見てるだけ。

どんな嫌なことにも必ず日の射しているところがあるから、それを探して苦しさや悔しさがあるなら落として、心を軽くしておくこと。

 

悪いものは持ち越さずに生きよう!

 

瞑想のススメ

 

瞑想といってもやり慣れてないとなかなかできないもの。

意識をどうすればいいのか、お喋りをどう止めればいいのか、何に集中したらいいのかわからない。。。

止めようとしても何も止まらない。。。

しまいには眠くなるか、飽きて立ち上がる。。。

多分こうなるのは普通だと思います。

何か一つをターゲットに集中すること自体が結構難しい。

頭は普段ペチャクチャとお喋りを永遠としているので、なかなか一つのことに集中しにくい。

そこで一つ何かにターゲットを置く瞑想ではなく、流動的に動かす瞑想、仙道の小周天がオススメ。

まずは仙道または小周天について書かれているものをご一読ください。

エネルギーを動かすことに慣れてないとちょっと難しいかもしれないけど、でもこれが出来ると、頭は冴え身体は軽くなりエネルギッシュになりバランスが整いやすくなります。

簡単に言うと、背骨を中心に身体の前と後ろにエネルギーが通る道があります。そこにエネルギーを通して丹田に集めて、またまわしてと繰り返す。

 

書くのは簡単ですが、難しいのはこのエネルギーが通る道があらゆるところでブロックされているところがあるので、それを除去していかなくてはならない。

何度も何度も繰り返すことで、抜けてもきます。

これが一周できたら、びっくりするほどのエネルギーを感じるはず。

普段の3倍くらいの活力が出ちゃうこともある!

活力を上げるにはすごくオススメのやり方です。

小周天は仙道のほんの出だしで、その先がまだまだあり度肝を抜かれる内容盛りだくさんですが、この出だしの小周天だけでもできたら体質改善にも繋がります。

この状態になったら、一つの事柄に集中する瞑想も一層やりやすくなります。

ただエネルギーを回したり溜めたりすることでエネルギッシュにはなりますが、心理的な理解が深まるかといったらちょっと別だと思うんです。

頭が冴える分助けにはなるでしょうけど。

 

心理的に深いところを知りたかったら、心理をターゲットに瞑想するのが早い。

なぜここを言及するかと言うと、エネルギーが上がることと精神的な理解の成長は比例しないからです。

ある行者にあったことがあるのですが、この行者とにかくクンダリーニのあげ方がスゴイ!スーパー級にエネルギッシュで集中力も半端じゃない。

肉体レベルのコントロールは明らかに只者じゃないんですよ。

毎日クンダリーニをあげる瞑想をしエネルギッシュに保ちオーラも巨大。

ただ、そういう瞑想やトレーニングを何十年も積んでいるので肉体は筋肉もそんなにあるわけでもないのに強靭なんてもんじゃない。

でもエネルギーをあげることばかりに気を取られ、精神を理解することはすっかりおざなりになってしまった。。。

まるで理解しているかのように話すのですが、まぁちょっとした盗みやエゴ、自分ばかりが凄いと敬われたく、他の人の成長は見たくない考えがあったり。

 

どれだけ凄い行者かというのを売りにして世間的なポジション、尊敬、贈物を得ようとしているだけ。

メンタル的に人を成長させてあげることは全くできない。。。

そこを瞑想しようとも思ってもない。

これだったら、行者じゃなくてビジネスマンになった方がマシだったと思います。

 

いいところとしては、別に誰かを害そうとは決してしてないところ。
あと、これほどの集中力のトレーニングを積んだことは素晴らしい。

 

ただ人々を困惑させるんですよね。

「なんだろう、この行者は。。。これだけ凄いエネルギーを保持できるほどのパワーがあるのに、メンタルが成長していない」って。

これほど人々から「凄いと言ってくれ、褒めてくれ」と出すということは、裏を返せば

巨大な虚無感や劣等感や自信の無さが心の奥底にあるってこと。

それを外から補おうとしているだけ。

だから空回りしちゃって、逆に「あの行者は瞑想とか神話の丸暗記力はすごいけど、何も役に立ってないな」なんて村で噂になってしまうんです。

だから本当の意味で行を積むというのはとても難しく大変なこと。

 

でもこの行者これだけの集中力を高めたのですから、あとはエゴをクリーンにできたら、最強の行者になることは間違いない。

 

自分のエゴや間違った考え方を無視して進むわけにはいかない。

気づいてないなら仕方ないのですが、そこに気づいて手放していくのが瞑想であり、そのプロセスを踏んでいくのが真理への道。

 

エネルギーをあげてバランスをとる瞑想と、精神を理解する勉強と瞑想をバランスよくやることが真理への理解に早く進める方法です。

エネルギーをあげるには仙道はすごくいいですが、自分をもっと理解するやり方としては、仏陀の瞑想法はすごくいいです。

これは内観的な瞑想法なので、深い気づきが得やすくなります。

 

ちなみに瞑想することで何か変わることは???

まず記憶力、読解力、集中力、理解力、分析力、洞察力、直感力なんかが徐々に上がってきます。

通常ある一定の年齢から脳の細胞が死に始め能力がだんだんと下がってくると言われてますけど、私は全てにおいて段々と上がってきています!

そうならば、やりがいあるでしょう?

 

でもやるのか、やらないのか、決意が必要!