グルジの本編集中

 

インドではディワリというランプフェスティバルが始まりました。

アパートもカラフルなライトで飾られています。

が、このフェスティバルは爆竹フェスティバルでもあり、いつ爆竹がなるかわからないのですが、買い物に出て歩いていても突如爆音が鳴って飛び上がってます。

カルカッタは老人が心臓発作になる可能性があるからと、爆竹が禁止になったそう。

ランチーでも爆竹だけは禁止にして欲しいです。

 

さて、

現在グルジの書いている本の編集を手伝ってます。

まさかこんなに大変だとは。。。

まだそんなに進んでいないのですが、正直こんなに酷いとは夢にも思いませんでした。

はっきりとした言い方がで批判すると「お前が理解できないだけだ!」と噛み付いてくるクセがあったので逆鱗に触れないよう、かなり気をつけながらやんわり批判をするようにしているのですが、そのうち「批判を受け入れられない人間はダメだ」と自ら言うようになり、グルジはどんな批判にも動じなくなりました。(スゴイ!

(ちなみに、時々性格的なことで批判されても噛み付いてはくるのですが、その癖は直さなければならないときちんと捉えているので、大体どんなことを言っても気がつくとその癖は直っていたりするのが、本当にすごいといつも思う。)

 

編集を始めて、1ページ目からちょっと思いやられる。。。と感じ、

「一体なんなのこれは!こんな意味のわからない書き方で、訳のわからない暗号を並べているようなもんじゃない!あーもう、あなたの能力を過大評価しすぎてたわ。こんなの読まされて編集だなんて、5キロのブジャ(インドの揚げたスナック菓子)デスクに置かなきゃできない!」ってブチギレ。。。

グルジ、「じゃブジャ5キロ買ってくる」とか言い出して

「そうじゃない!」ってさらに怒りを煽ってましたが(笑

私が感情的になってしまったので、グルジはオーラが真っ青になって「うーん・・・」と考え込んでました。

が翌日

早朝から私の言ったことを随分と考え、もっと詳細を書かなければならないんだと考えを改め、デスクに向かっているときにうたた寝してしまったそう。

そうすると、ヒマラヤの行者が現れて肩をポンポンと叩き(グルジが今世で出会った、今でも健在の行者)

「彼女は怒っているんじゃない、私が彼女の口を使って言っただけだ。定義が無さすぎるんだ。きちんと定義を書きなさい」と言って去っていったそう。

確かに、私はブジャを食べない。。。。(笑

そんなふうに生きている行者に私が使われることもあるんだ?!と驚きました。。。

が、やっぱり次から次へと進むのですが、地獄の編集でして。。。

 

「こんな書き方したら誰も理解できないと思う」なんて言ったら

「お前がわからないからって、全ての人がわからないと思うな!」とキレられ

言い方が悪いんだ。。。とさとり

「恐怖と勇気の根源について書かれている文は、読んでいると出口がなくて私は鬱になりそうです」

「1つ目のパラグラフをと2つ目のパラグラフとの関係性は繋ぎがなくて、車も見たことがない原住民に新幹線の話をしているように感じます」とか

こういう言い方をすると

「何が抜けているのか、よくわかった。うん。」とスゴイ納得してくれるんです。

 

グルジを納得させるコツを得てきて、若干楽しくなり「とにかく最善のかたちとなるように最後まで焦らず努力しよう」と鼓舞してます。

初めは、こんな作業やり続けたら病気になりそう。。。って思うほど嫌に感じましたが、コミニュケーションの取り方を変えたことにより、楽しくできるようになりました。

人生はやはり嫌なことでも、捉え方や方法をちょっと変えるだけで、楽しくできるようになることもある。そうしたらつまらなくてストレスだったことも、うまく乗り越え達成できる!

私も自分のやりたいことをやるために、たくさんの方々から力を貸してもらったり、助けられたりしたので、グルジの夢を達成させるために私も尽力したいと思います。

 

ヨゴダアシュラム

日本のニュースでももしかしたらあがっているかもしれませんが、インドではグジャラート州に世界最大240mの立像が建設されました。

外国人には殆ど知られていない過去の政治家だそうで。。。

この立像のある地区は田舎の農村らしく電車の最寄り駅から90キロもあって見にいくのも結構大変みたいです。

総工費は476億円だそう。

この国はビンボーだから綺麗にならないし、電気も水道もまだまだ無いんだと思っていたけど、正直言って476億円もあったら相当水道や電気の普及に当てられると思うのですが、この国の政治家は基本的なライフラインをまずは設立するというところには全く頭が回らないし、むしろそこは国民が困っていても水も電気もゼロじゃ無いからいいだろうという程度。

電気と水道については”気になってない”というのが本当のところだと思います。

はぁ。
モディ首相。。。

 

知ってます?この首相オレンジの服を着たサドゥと言われる「行者」だったんですよ?!

しかも父親は路上のチャイ屋でかなり貧困家庭の素性です。

初めからボンボンでもなく、行者としての経験もある。

だからこそきっと素晴らしい仕事をしてくれるだろうと期待していたのですが。

ガッカリです。。。。

 

時々バスに乗っているときに、道路わきの側溝がゴミで溢れその上雨水が入り腐った水がいつまでもあり、そこにさらに人々がゴミをもっと捨てていき、ますます溢れる・・・・という現状なんかは結構普通で、グルジに「見てみて!この過激な状況、これ国のトップの頭と同じ状況だよ。」と言ったりします。

 

ちなみに、この世界最大の立像が建設された地元の人々は「こんな巨大なものにお金をかけて、俺らは田畑の水がなくて困っているというのにどういうことだ!」と抗議したそう。

その上「税金を払ってやるから水を引いてくれよ!」とまで言っているそうで。。。。

水も電気も満足に提供せず476億円の立像なんて、国民を馬鹿にしてますよね。

 

どうであれライフラインが整うのは相当先なんだろうなぁと思います。。。

 

素晴らしい政治家が現れることを祈る以外ないです。

 

タイトルからかけ離れたトピックが長くなりましたが、

インドの行者で世界中で有名な、パラマハンサ ヨガナンダ の魂が元行者のモディ首相に働きかけてくれたらいいのに。。。(インドの行者どうし!)

 

ヨガナンダジ(ジは敬称)は実は私が今住んでいるランチー出身の行者で、のちアメリカで講演や活動を広げ世界中に名が知られることになった偉大な方。

「あるヨギの自叙伝」が有名で、素晴らしい本です。

まだでしたら是非おすすめ。

 

まずはアシュラムを訪問しなくては!と足を運びました。

地図で見ると町の中心地から近くで、これならオートリキシャで全然いけそうと思い、町の終わりで一度下車。

ここからすぐ近くのはず。。。とわかっていてもどの方向かわからない。

それで地元のお店に「パラマハンサ ヨガナンダのアシュラムはどこですか?」と聞くと

「え?誰?」と返答。

「パラマハンサ ヨガナンダです」「ヨガナンダの大きなアシュラムがこの近くにあると思うのですが。。。」というと

「うーん。。。。知らないなぁ」と。

あれ、もしかして地図見間違えた???と思い

別のお店に尋ねると

「パラマハンサ ヨガナンダ・・・・・?」

とまたもや知らなかった。

 

3軒目のお店でまた同じ質問をすると「知らない」とあっさり。

何かがおかしい。

世界中で有名なヨガナンダジの出世地でアシュラムがあるのに誰も知らない。

 

そうだ、アシュラムの名前がわかればいいんだ!と思ったのですが、アシュラムの名前をど忘れてしまい、なんだっけ???と暫く考えて、あの分厚い「あるヨギの自叙伝」の中に書かれていた名前。。。。」と記憶をパラパラとめくるとやっと思い出した!

 

「おじさん、ヨゴダ アシュラム!ヨゴダアシュラムはどこ?」と聞くと

手をパンっと叩き、「ヨゴダか!ヨゴダはここの道を1キロ行ったところすぐだよ」と。

ランチーではヨゴダアシュラムを知らない人はいません。

町の中心地にあり、かなり大きいので建物としては誰でも知っていますが、なんと地元の人たちは誰が設立したのか、誰も知らないんです。

ちなみに同じアパートの住人にも、「パラマハンサ ヨガナンダって行者知ってる?」と聞いたら「知らないなぁ」と普通に返ってきました。

グルジ曰く、ヨガナンダジはアメリカで有名になった人でインドではあまり知られていない人なんだと言ってました。

あるヨギの自叙伝を読んでから、いつかランチーにあるアシュラムを訪問できたら。。。と夢のように思っていましが、まさかこの地に暫く住むことになるとは!

さすがアメリカのサポーターがたくさんいるだけあって、とーっても綺麗に整備されています。

 

敷地はかなり広大です。

右の方は、違う州から来たインド人訪問者でヨガナンダジの本を読んで是非ヨゴダアシュラムを訪問してみたいと思って来たんだそう。

なんか二人とも同じような格好してる(笑

中には瞑想ルームがあり外国人が4人ほど瞑想していました。

敷地がかなり大きいので、道路から建物は離れていて道路の騒音も全く気になりません。中はとても綺麗で気持ちのいいエネルギーで静寂をあじわえます。

ヨガナンダジ グッズやヨガナンダジのグルでもあるスリユクテスワのグッズも販売されていました。

ヨガナンダジ がグルにアメリカのお土産として杖にもなる傘をプレゼントし、それを大層気に入って愛用していたと本にも書かれていましたが、その傘も展示されていました。(これを謁見できたことは読んだ人にしかわからない興奮なんですが。。。。)

 

このアシュラムを訪問するときは「ヨゴダ」です。

この一言で、タクシーでもリキシャでも誰でも連れて行ってくれます。