コミュニケーション

ここ最近はずっと書けずにいて、覗いてくださってた方すみません。

読みたい書物が山積みになっていたので読書に明け暮れてました。この読書がふか〜い境地に連れて行ってくれる役割を果たしてくれ、これはこれで素晴らしい経験や気づきになりました。
ただしばらくヨガと瞑想が少なかったのもあり、バランスを取り戻そうと思いもっとメリハリつけてしっかり瞑想もヨガもやり始めてます。

インドはすっかり夏です。

2月半ばを過ぎると突如暑くなり、28度くらいが平均になってきます。

数日前は31度になり、うわーきたきた!と夏を感じさせられました。

とはいえ、湿度が低いので日差しは強烈ですが、家の中は25度くらいでサラっとして暑くは感じないです。


最近は南インドの料理で「イドリ」にはまってます。

実際には、はまっているのはグルジで私ではないのですが。。。

米とウラド豆を一晩浸して、攪拌しイドリ用蒸し器で蒸した、米蒸しパンみたいなもの。(玄米でもできる!)

それをココナツのチャトニーで頂くという、暑い南インドらしい料理。

これをある日朝食に作ったら、

「こんなに美味しいイドリはない!これを食べるとすごいリフレッシュするから、暫く毎朝これにして!」と。。。

イドリ食べてリフレッシュって。。。そんなのあり?と思いながらも作るの結構面倒なんだけど、頑張ってます(笑

でもやっぱりインド料理は美味しい!!!

(写真は借り物ですが、こんな感じの食べ物です)



さて、今回はコミュニケーションについて。

人とうまくコミュニケーションが取れない人っていますよね。

以前は私も決して得意ではありませんでした。

外ではうまく出来ても、うちではうまく出来ないとかもあるでしょうし、外も内もダメだったり、両方うまく出来る人もいますね。 
インド内でも見てると内でも外でもうまく出来ている人は少ないかなって思います。

コミュニケーションでとても重要だと思うのが、相手の言っていることをちゃんと聞いているかどうか。

聞いているようで聞いてない人かなりいますよね。

友達が何か大切なことを言っているのに「あーうんうん、大変だねぇ」でサラッと終わらせたり。

こんなことがあって大変だった。。。と言っているのに、「私はさぁこういうことがあってー」と共感することもなく、自分の話にすり替えて自分の大変だった話を聞かせ始めたり。。。
「あなたが今嫌な思いしてる?私だって嫌な思いの話ならいくらでもあるのよ!」という会話ですね。

それとか悩みは聞かないけど、私はいつも楽しんでいるんですー!っていうのを聞かせたがる人。あなたよりも私の方が人生楽しんでいるというのを証明させたい、承認欲求みたいなマウンティングになっていたり。

家の中でありがちなのが、「自分の思う通りにみんな動けよ?」といった口調で「なぜ言った通りにやらないんだ?」と自分を満たしてくれと言わんばかりに独裁者で優越感に浸っていたり。

こういう会話をしているところは、愛想尽かされますよね。

初めの「あーうんうん」とサラッと流す人は悪い人じゃないけど、話を聞く習慣がないから、そのうち「あの人は聞いてくれないから」と言わなくなる。。。

自分の話にすり替えるっていうのも結構ありますね。

自分のことを話したかったのに、結局聞くハメになり毎回そうなると相談しなくなる。。。

自分の方が上みたいに言いたい人のところは「出た自慢話。。。」と遠ざかりたくなってくる。。。

最後の独裁者は、心の弱さを周りに当たっているだけで、まだ捨てられてないならラッキー。

誰もがそうでしょうが、聞いてもらいたいし、認めてもらいたい。

「大変だった」と相手がいうなら、「それは本当に大変だったね」と一度しっかり聞いてあげるポジションに徹してあげるのも大切。

自分のことに一生懸命になりすぎて人のことまで構ってられないみたいな会話になっていることも結構ある。

これだといい関係が持続できないです。

外ではうまくできるけど、家では出来ないという場合は、すごい壁がありますよね。

他人にはいい顔できるけど、家じゃ容赦しないみたいな。。。

この壁を叩き壊すのはかなり勇気のいることであるけど、叩き壊せたら外で今までうまくやっていたというレベルも、実は結構表面的だったりした部分も、もっと質が上がるはずです。


ギタンジャリ

ここ数日は
ラビンドラナート タゴールの ギタンジャリを読んでなんて美しい詩なんだ。。。と感動しながら、自分の内面にじっくりと入っていってます。

読んでじっくりと入って、と繰り返すとあっという間に数時間経っている。

カルカッタにタゴール氏の家が公開されていて、彼が座って詩を書いていた椅子に触わったときのあのエネルギー。(座ることは出来ないけど、触ることは許されている)

そしてこの詩を読んでみて、本当に彼が神と一体になる経験をして書いていたのがよくわかる。

人間の心理と神への愛を詠った詩。

ヒンズー教的だったり、キリスト教的な書き方だったり。
宗教を超えた神や愛の普遍性を感じます。

詩というのは、正直いうとあまり興味がなかったのだけど、ガツガツと勉強だ!という感覚の全てが消え去り、タゴールワールドに吸い込まれていく。

この本は学ぶというより、考えさせられる、美しいワールドに入るという感じでとても好きです。

その中の一節ですが

28:

わたしに絡む束縛は強い。それなのに、しがらみを断ち切ろうとすると、心はうずく。

自由こそは わたしが望む全て。それなのに自由を願うのは恥ずかしい。

おんみのうちに計り知れぬ富があり、おんみこそは わたしの最上の友であることをわたしは信じて疑わない。 それなのにわたしには 部屋いっぱいにたまった 安っぽい虚飾を掃き捨てる勇気はない。

わたしを覆う帷子(かたびら)は 塵と死の帷子だ。わたしはそれを憎みつつも、なお、いとおしく抱きしめる。

わたしの負債(おいめ)は多く、しくじりは大きい、そして恥辱は 人知れず 重苦しい。 それでいて至福を求めて参ずるときは、わたしの祈りが聞き届けられはしまいかとおそれて 身震いする。

訳者の解説:詩人は自由(解脱)を願い、おんみのうちに至上の富があることを信じながら、なかなかこの世の未練を断ち切ることも、部屋いっぱいたまった安っぽい虚飾(世俗の富や所有物)を掃き捨てる勇気もないと嘆く。

もし神への祈りが、即座に言葉通りに聞き届けられるなら、世の信仰者の祈りは随分違ったものになるだろう。たとえば、愛するもののために私の生命をささげます、信仰のためにわたしの地位、財産の全てをお召しくださいと、衷心から祈れる人はどれほどいるだろうか。痛烈な詩句である。

とある。

人間はエゴ的な「わたし」がある限り本当の幸せ、心の幸せを掴むのは難しいと感じる。

タゴール氏の言う 部屋いっぱいにたまった 安っぽい虚飾 には私はどう見られておくべきかや、間違った考えを「私が正しい」と決して折れることなく後生大事に掃き捨てずにためておく「心」も含まれているでしょう。。。

人と比べて私は楽しんでいる(と思われる)べき、わたしは愛されるべき、私は良い暮らしをしていると思われるべき、私はすごいと言われるべき、出来ていると思われるべき、素晴らしいと認められているべき、決して自分の株が(世間体が)暴落しないようにし続けないとと、心が疲弊し切るまでやり続ける。

自分が自分じゃなくなっていくような、どこに本当の自分がいるのかわからなくなっていく。。。

世間によって、自分を満たそうとすることに疲れ切っていても、穴がひとつ埋まったと思ったら、次の穴が目の前に現れる。。。

明日、大いなる存在にパッとつまみ上げられたら、抗うこともなく一瞬でこの人生は終わるのに、私たちはまるで一生この人生が続くものかのように、大切ではないことを最も大切なことのように大事にし、本当に大切なことが置き去りにされて行く。。。

明日死んだとしても、後悔のない毎日を送りたいもの。

だから本当に大切なことは何なのかを見極めないとならない。

心も頭も魂も柔軟でまっすぐな人間でありたい。

 

アッサム カマッキャ寺院

アッサムに行ってきました。

グルジがずっとアッサムにあるカマッキャ寺院を参拝したいと何年も前から言っていたのですが、かなり遠いのもあり、しかも北東でダージリンの近くとなると山超え谷超え。。。バスで気分悪くなりそうだし。。。となかなか行く機会がありませんでした。

が、今年の初詣にパンジャブ州のアムリトサルに行った帰りの便が午前は全便欠航になり、キャンセル続きで午前7時の予定が午後3時に、やっと乗ることが出来たのですが午後も殆どがキャンセルしてる中、1便だけ決行してるところがありました。

グルジに「グワハティ」というところだけ飛んでるけど、一体どこ???と聞くと「ほら、以前からずっと参拝したいと言っていたカマッキャ寺院のところだよ!」と。

いつもカマッキャ寺院に行くには電車の駅はどこどこが最寄りで、そこから多分ジープで何時間で。。。と説明を受けていたので、死んでもそんなところ行きたくない。。。と思ってたのですが(私は山道にものすごい酔うのでもう山道はウンザリ 涙)
なんだ飛行機で飛べるんなら早く言ってよ!とチケットを調べるとランチーからかなり安かった!

でもどうやら今がタイミングだったみたいです。

インドは今時期が一番涼しくて旅をするには最高の時期なので即予約。

飛んできました。

しかも2泊だけで(笑

グルジは本も仕上げないとならないので、のらりくらりの旅はしない予定で見たいところだけ見てスパッと帰ってきました。

カマッキャ寺院は国際的には有名ではないと思うのですが、インドでは有名らしくとにかく参拝者がいつでも多いんだそう。
宿のオーナーが普通に並んだら何時間もかかるよ。500ルピー(千円弱)払ってチケット買うと早く入れるから。と教えてくれました。

行ってみると長蛇の列。
6時間並んでやっと中に入れる状態!
私たちはランチーから飛んで、宿に荷物を置き、10分で出てタクシーで寺院に向かったんです。というのも500ルピー払って短時間で入れるのは午後4時まででもうすでに3時!!!
タクシーですっ飛んでも30分はかかり、ギリギリ間に合いました。
チケットを買って並んで1時間待ちで入れ、無事参拝達成!

インドは参拝できるのに5時間、7時間、12時間と並ぶのは稀じゃないんです。人気の寺院はこんな感じなんです。

カマッキャ寺院

インドの寺院はどこも魔除けの役割の門番の動物がいるのですが、カマッキャ寺院の門番はライオンでなんかグルジに似ている?
「ブラザーみたい!」と思わず言ってしまった!

翌日はBrahmaputra という大きな川の真ん中にある小島に設立された
ウマナンダ寺院を参拝。
2階建てのボート往復250ルピー。
このボートは政府運営で午後4時まで、4時半以降はプライベート会社が往復450ルピーで運営する船が出るそうです。

船の2階はとても気持ちよかった。
たったの15分で着いちゃいます。

ウマナンダ寺院

ネズミの門番は初めて見ました!すっごい可愛かった。

今回の宿はAIR BNBを使ったのですが、オーナーは本当に素敵なご夫婦で、想像を絶するほど親切でした。家も強烈に綺麗で大満足。
(ご主人がものすごい綺麗好きらしく、奥さんは掃除のレベルが日に日にエスカレートしているとご主人に言っているそう 笑)

このご夫婦はもうリタイアされているのですが、相当裕福な生活をされてますが全然着飾った感じもなく、とても素朴な感じでした。
今は先祖が残した16エーカーの土地に果樹や野菜、花々をすでに植えていて、ゆくゆく学校も設立する予定だそう。

出来上がったら訪問したいので絶対に呼んでください!!!とお願いしてきました。

このご主人とは夜に3人で話していて、北東のインドの話とか色々聞けてとても興味深かった。

このご夫婦とはまた会えたら嬉しい。