感情中毒

この間インドで変わったニュースがありました。

インコがアヘン中毒という見出しで。

インドのある村で、医薬品として使うためのアヘンを村人が政府から仕事を得て栽培しています。

さすがにアヘンだけあって、密売されることもあるでしょうからケシの実の数すらきちんと数えてあるんだそう。

それなのに収穫時には激減している。。。

村民が密売しているんだと政府は疑ったそうですが、村民は「私たちは政府のお給料で食べていけてます。もし密売して罰金なんてことになったら私たちはこの土地を全て売っても支払いきれないし人生は終わりです。人生を完全に失ってまでして密売しようなんて思ってません。。。」と。。。

そして政府も疑いの余地がない光景を目にすることになった。

野生のインコが来ては食べたアヘンの実を口移しで別のインコにも食べさせ「ね?美味しいし気分良くなるでしょう?」とどんどんアヘン中毒になってしまい、数も増え止められないのだそう。

インコも気分が向上する感覚を味わうんでしょうね。

人も好きか嫌いかは別として、薬物なしに感情や感覚に依存的な中毒を覚えるのはよくあることです。

自分はすごいと言われたい!っていう承認欲求なんか、すごい中毒になりやすい。

そう言われたいがために、なんでもやっちゃうほどにもなりかねないし、山ほどブランド物買っちゃったり。

嫌だと思いながらも怒りも中毒性がすごい。

自分の方が上というのをアピールすることで、実はとても気分が良くなっている。

喧嘩ばかりしてるカップルなんかも、お互いに「あんたは私より下なのよ」と蔑みあってバトルになってるなんてことたくさんありますよね。

下に扱うことがある意味気持ちがいい!

常に不平不満を漏らし続けるのもかなり中毒性ありますよね。

これいつも言っている人は、やめるとなったら相当なストレスになるでしょう。

不満を周りにぶちまけることで、鬱憤ばらしになっているし、自分の思い通りに周りをコントロールできているかのような錯覚すら出てくる。

ストレスのはけ口にされている人は完全にエネルギーがズドンと落ちるじゃないですか。あれ吸われてるからなんですよね。

吸った側は25%でも相手を貶めるとかがっかりさせるとか、苛立たせるとかあらゆる手法で吸い取って若干気分がマシになる。

手っ取り早く自分にエナジー補給には最適だからやめられない!

私って弱いの。。。みたいなのもかなり中毒性がある。

弱い人を演じることで、この人は弱いから優しくしてあげなくちゃ、助けてあげなくちゃって思わせるという手段になるので、いつも弱々しくいることで人に甘え続けるどころか、お金もエネルギーもみんな吸っちゃお!みたいな弱いように見せかけてあなたよりも100倍上手だったり。。。。

問題がないのに、問題を作り出していたい人もいますよね。

経済的に普通に食べれているのに、もっと欲しい!少ないから不安ってずっと不安になり続けていたい中毒。

でもこれは人によって違うでしょうけど、そうやって夫を煽ることでストレスのはけ口として勝っていたい中毒ってのもあります。

子供にいつも怒鳴りつけて「あれしなさい、どうしてこうしないの」とコントロールしてうざったがられ、良かれと思って言っているつもりが裏目裏目に出て、結果反抗心ばかり作りあげている親。

自分がやりたいことが出来なかったとか、今でも出来てない親は特にストレスのはけ口に子供を使ってしまったり。

子供がどんよりしていると感じるなら、子供からエネルギー奪ってますね。

人間って常に競争心があって勝っていたい。

競争心も何かを頑張るために使うのはいいでしょうけど、人のエネルギーを吸って勝つため、自分を満たすためになると、いずれどこかで自分で尻拭いのときがやってくる。。。

これは間違いない!

ネガティブなエネルギーを溜め込んでいる人、そういう発想や思考でいつも物事を捉えている人は自分の中のエネルギーが常に枯渇しているような状態だから、寝ようが食べようが全然チャージされていないような状態。

エネルギーは怒りや不安で人から吸い上げても、一時的に気分は良くなりますが、根本的なところはなにも変わらないから結局同じことを何度も繰り返すだけ。

じゃ、やめましょう。と言ってもそう簡単にやめれないもの。

だってもうすでにアヘン中毒同様、感情や感覚の虜になって、味を占めてしまったからやめられない。。。になっている。。。

さあ、どうしましょう。。。

まずは、ステップとして

一度ニュートラルに入る必要があるんです。

自分を外から見る必要があります。

自分の言っていること、やっていることをよーーーーく観察してみる。

起きてから寝るまでどういうことを考えて、どんな行動をとったかをしっかりと書き込んでみるともっとわかりやすくなります。

あるひとは「起きてから寝るまで今日はどこから金が入ってくるか、どこから仕事が得れるか、金のこと以外何も考えていないほど金のこと考えていて、何パーセント自分の取り分としてこっそりポケットに入れようとか考えている自分に驚きました。」って言ってたインド人がいました。

それが当たり前になると、そんなふうに毎日考えて過ごしていることすら意識していないんです。

改めて意識すると、「うわ。。。。自分って。。。。」って驚くこともあります。

その後、「なんか、こっそりと自分のポケットにはいくら入れようとか考えている自分がだんだん嫌になってきました。。。」って。

ほらでた!

ただ客観的に観察すると、やめるべきことが見えてくるんですよね。
それまでは意識してなかったのに。

観察している自分はニュートラルにいる自分。

外から傍観している自分がいて、良い悪いを何もジャッジせずに自分を観察するだけでいいんです。

もしブランド物を買いあさって「すごいでしょう?」と振る舞っている自分をただ外から眺めることが出来たら「他に誇れるものがないんだな私。。。ちょっと恥ずかしいかも・・・」って思える自分が出るかもしれない。

それよりも何か別に手に職でもつけるか。。。。と思えるかもしれない。

ただ中毒の感情の中から観察しようとするのは出来ない。

そうしていることが正しいって思い込んでいる中で傍観することは出来ないんです。

酔っている状態でシラフにはなれないのと同じ。

もうすでに酔っ払っているのだから、会社の鬱憤ばらしに通りすがりの人がちょっとぶつかってきたからぶん殴った!というのも、その時には「正しい!」と思ってやったわけでしょう。

でもシラフになった瞬間、「あぁ。。。。なんてバカなことしたんだ。。。」となる。

泥酔状態の間に反省する人はまずいないでしょう。

だから普段感情的になっている自分のパターンから抜け出したいと思うなら、一度シラフになって一体自分はどういう考えや行いをしているんだろう?って見てみるんです。

その感情から一度離れて、外から見ることが出来たら絶対何かしら気づけます。

一つ、中毒になっていても救いとなるのは

中毒になるのが悪いわけじゃない!

それも経験として必要なだけ。

問題はそこから出れずにずーっと中毒状態でい続けること。

どんなことであれ経験って必要じゃないですか。

経験してこの手を使ってなんとかしようとしたけど、上手くいかなかったからやめるとなるわけで、経験しなかったらそれが長期的には役に立たない、時間の無駄であるとも気づかない。

たくさん経験すれば、上手くいかないことを捨てて、上手くいくことを増やすことが出来ますしね。

でも一度でも「この方法は無駄だ」と本気で悟ったら、絶対戻りませんから。

戻るとしたらまだそれは無駄だと悟りきってない。

もう一度傍観しなおして、別の道は何があるのか見極めてください。

救いの道がないということは絶対にあり得ないのですから。

必ず中毒であれなんであれ、入ったのなら出口がある!

自分を傍観するって簡単に書いてますけど、結構トレーニングいります!

「ダメだ」ってすぐにあきらめないでください。

これが出来るようになったら、まず自分の感情に振り回されることが少なくなり

怒りも不安にも、逆に快感にも執着しなくなってきます。

それらは普通に感じますよ。

ただ執着する必要がなくなるんです。

必要な時に感じれば良いだけで、必要じゃない時にまでいつまでも感じ続けて自分を無駄に振り回すことが不必要ってなるだけです。

そうするともっと楽に今この瞬間を生きることにフォーカスできるようになります。

地球劇団

自分の悪いところって結構みんな自分で気づいてますよね。

はっきり言えずにウジウジする癖があるとか、家では鬼嫁なのに外では誰一人として家ではそんなと想像が出来ないほど良い人になっているとか、ダメだと思っても子供を引っ叩いているとか、挙げたらたらきりがないですが、ダメだダメだと思いながらも同じことを続けている。。。

私もやめれないメンタルの悪いクセをヒーリングで浄化しちゃったりと数々やってきましたけど、100%自分で改善できるものです。

変えたいと思っている人もたくさんいますが、いつまで経っても変わらない人は、まだ本気で変わらなくてはいけないとは思ってないんです。

変えなきゃいけないな。。。程度で、緊急性を感じてないし、もう限界だという壁にぶつかってない。

この自分ではもう私は生きているのもうんざりするほど嫌だ。絶対に変えてやる。

とまではまだ思ってないんです。

もし伴侶が半年で死ぬって言われたら、今まで喧嘩ばかりしてた人も優しくしてあげよう、最後の時間を良い形で過ごそうって自分を変えるでしょう。

または自分の性格によってこの上なく深い傷を負ったときや、今までしてきたことが完全に間違っていたと本気で気づいて後悔したとき人は大半変われるものです。

でも難しいのは、そのいずれも経験してなく壁にぶつからないと、まだ中途半端に耐えられる痛みだからそのままいけてしまう。。。
すごい苦痛なのに。。。

問題はそこから抜け出してもっと穏やかで、気持ちよく生きれるということや、その感覚がわからない、またはわからなくなってしまったというのもあると思います。

いつも嫌なパターンを繰り返している自分はこうだけどその代わりにこうなれたら最高だと思える自分を想像してみてください。

その自分はどういう心構えや思考や態度やエネルギーを持っているのかをじっくり想像して感じてみてください。

書き出してみると頭で想像するより楽に出しやすくなります。

その感覚や態度を今の自分に適用してみます。

こんなの嘘の自分を作っているだけじゃん。だってそもそも私はジメジメ、イライラしているのが真の私であって、そんな今までとは違う夢のような自分を演じたって、ただ演技に過ぎない。そんなことしても無駄だし、本当の自分はこれじゃないから、素じゃない自分を出し続けても苦しくなるだけ。

こんなふうに思うことありません?

これも一つの自分にかける「呪い」みたいなもんですね。

お前はジメジメ、イライラしているのが本性で変わることなどできない存在だ。なぜ無理してポジティブになろうとする?そんなことをしたって無駄なことだ。お前の魂はそもそもそういう性質だからそこから脱出することなど出来ないんだ。それがお前の宿命だ。せいぜいお前をそんなふうにした親や恋人、友人、環境でも責めていればいい。できるのはそのくらいだろう。

と自分で自分に言っているようなもの。。。

会社のせい、親のせい、環境のせい。。。

そして気がつくと、その自分で発する呪いの声の方が間違いないと判断を下して、またジメジメ、イライラをずっと続けることになる。

全ての人の中にポジティブなエネルギーもネガティブなエネルギーも持っていますが、ネガティブなエネルギーが膨らみすぎてしまうと自分のことが好きになれなくなり、どんどんこのような自分を停滞させたままでいさせる呪いのようになってしまいます。

これってかなり怖いです。

呪われているんじゃなくて、自分でそのまま苦しみの中にいろって呪っているんですから。

自分をもっと明るくしてみよう、優しくしてみよう、とするときにネガティブなエネルギーが水を差してくるようだったら、「あなたの存在はいらない」とバシッと蹴り出してしまうだけで静まります。

蹴り出せるのもあなたで水を差すような呪いをかけているのもあなた。。。

これがマインドのトリックなんです。

そしてどちらと友達になるのか。

呪いをかける自分と仲良くなると、自分も周りもカビカビになっちゃうから、くれぐれもそちらと手を組まないように。。。

なりたい自分になれるように演じるのは演技なのか?

別の言い方をするなら、ネガティブなのが私だし。。。とその自分でいること自体もそれを演じていることになる。
ネガティブでいるのが普通で当たり前で、それを演じていたいだけ。
死ぬまで何かしらを演じなければならないんですよ。
この世に生まれたこと自体がもう舞台に降ろされたのですから。

降ろされた舞台の端で「怖いよ」って泣いてばかりいるのも演技で、ずっと泣いてるのも疲れたし面倒くさくなった。次は走ってみよう!というのも全て演技じゃないですか。


どんな役割であれ、生まれた以上演じないわけにはいかない。

この世は劇団です!

あなたという役割をどう演じるのかが人生なのですから。

ならばこれを演じてみたいというのを演じてみたらいいだけのこと。

でもそれをするには想像力が不可欠!

想像力がないと、親の丸写しの性格のままで私はどうせこう。。。とか世間がやっていることを真似るだけが人生だとなってしまう。

そうすると、「こんなわけがない!他の人たちはもっと楽しんでいるのになんで私だけがこんなに苦しむなんて!」と周りに当たり散らすか、他の人のエネルギーを吸い取っては、自分のエネルギーにしようとする。
こういう人は相手の力になる会話をすることが殆どない。。。

ちなみに明るく楽しく生きているように見える人が本当に苦しんでないのか?

そんなわけないじゃないですか。人一倍苦しんでます。
苦しみなくして、明るくなったり人の力になるなんてできないはず。
辛酸を嘗めきって他の人も苦しんでいるのがわかるから逆のことができる。
そういう人たちは壁にぶつかっても乗り越えられるのを知っている人だから、人からエネルギー吸い上げようともせずに想像力を膨らませて、自己解決の道を見出していってる人たちです。

話が横道逸れてしまったので、ちょっと戻しまして

想像力をあげて

例えば、金持ちになりたいとする。

だから借金して山ほどブランドスーツ買って金持ちを演じてみるとかそういうことじゃないですよ。(身の程を知るのは大切です。でもいつものヨレたTシャツとは違う綺麗な格好をしてみるというのはいいと思います。)

そして金持ちになりたいなら、金持ちの人はどういう思想を持っていて、どういう行動を取っているのか、どう自分を扱い、どう人に接しているのかを本人または書物から勉強し、そういう思考やそういう行動を取れるように真似てみる。

お金さえあればいいのか、またはお金だけじゃなく、人との関わり方もエキスパートでありたいのか、自分はそういうふうにもなりたいのか?

自問自答してみてください。

「どうせそんなことしたって、私が金持ちになんてなれるわけない。。。」って言葉が出てきたという場合

「お前みたいな人間に金が入ってくるとでも思ってるのか?お前みたいなやつは、ビンボーで苦しい人生を歩むくらいで丁度いいんだよ。何も大してできない人間なんだから、金持ちになろうなんて100年早いんだよ」

というように、(人それぞれいろんな声があるでしょうけど)どこか深い潜在意識が言っているのを受け入れて(それすら聞こえてない人もいますが、無意識的に聞き入れているんです)

そして潜在意識の言葉を「その通りだ。。。」と受け入れた頭は「私にはお金は入らない」と確実に自分で言っているのも実感できる言葉となり、諦めになり、努力もしなくなる。

お金を例にあげましたが、全てにおいて同じです。

何よりも怖いのは、こういった声を受け入れること!

受け入れなくていいんですよ!

受け入れれば受け入れるほど、自分はダメだ、自分は変われない、どうせ自分なんて。。。で堂々巡りする。

新しい考え方や行動パターンは、1回や2回じゃまず変わりません。

新しいエネルギーに入れ替えて、それを馴染ませることで「私できない。。。」という古いジメジメ、イライラが追いやられるのですから。

追い出すには、新しいものが必要です!

嫌だと思いながらも同じ自分でずっといる人は想像力が欠如しているんです。

だから発展の創造にも繋がらない。

呪いの悪魔を蹴り出すのは簡単。

「お前の出る幕ではない。お前の話は聞かない」と一蹴してください。

そして瞬時になりたい方の自分の思想にパワーを注ぐ。

やると決めればやれる。

新しい自分のパターンを何度も使うことで、古いパターンは徐々に消え去ります。

さぁ、この地球という劇場で何を演じてどんなエネルギーを拡散しましょう?

そのままの性格でもいいし、変えてもいいと自由に選択できるように神が創ったのですから、自由に楽しまないと!

メンタル コントロール

こういうタイトルを書くと自己啓発系みたいな聞こえですけど、自分の感情をどこまで自分でコントロールできるか。

マインドのアクセルとブレーキをどのくらい上手くかけれるのか。

これが上手くできるできないで人生は雲泥の差が出ますよね。

踏まなくていいときに思いっきり怒りのアクセル踏んで大喧嘩とか、もっと勇気や愛情のアクセルを踏むべきところブレーキ踏んで出し惜しみとか。

逆の踏み方をしているだけなんですよね。

わかっているけどなかなか変えられない。

私もここは苦労しました。

つまらないことでイライラしたりすると、あまりの気分の悪さに自分で自分に辟易してくる。。。

あるとき、もう十分。苛立ちを何時間も引きずるのはやめると決めた。(昔は何日も引きずった)

今は5分以内で心の中で解決。

これはある意味すごい特訓でした。

一切怒らないと言うのは不自然だし、怒っているのに押し殺すのも不健全。

怒る必要があるのか、適切なのかをジャッジしなくてはならない。

瞬時に怒りが上がったとしても、これは怒る必要のないこと。と切り捨てることもできる。

ですがちょっとその前に、

基本的にしょげやすいとか苛立ちやすいとか、不安になりやすいなどの場合、何がそうさせているのかをしっかり向き合う必要があります。

例えば親に愛されなかったと感じているとしたら、他人から優しく扱われない、自分に気を使ってくれないとなると、激情型になりやすくなったりします。

常に経済的に不安を持っている場合は、人生よりもお金の方が価値が上がってしまい、使った、使わないで揉めたり、俺の方が稼いでいるから横柄な態度を取っても当たり前になったり。

でも実際にはこういった中にかなりの「甘え」があるんですよね。

親から愛されなかったから、他人は皆私に優しくすべき!とそう頭では考えてはいないでしょうが、潜在意識的に間違いなくそう思ってます。

理不尽なことで怒っていても、自分の中では当たり前に思うので、理不尽だとか甘えであるとも気づかなくなってしまう。

相手が私に気を使わず、理想通りに優しくしてくれないから私はこういう態度をとっていいという甘え。

そういった甘えがある限り自分の感情をコントロールするのはかなり難しいです。

まずは自分の心の何を満たしたくて、周りに甘えているのかを理解する必要があります。

理解されてないと思う人は「私のことを理解して!正しいといって!」

自尊心が低いと感じる人は「私はすごい、できると人だと認めて!」と。

本当は自分の心は自分が一番聞いてあげなきゃいけないし、自分が一番の理解者にならなければいけない。

でも人に自分を理解させる、人が自分に優しくすべきという甘えの手段しか取らなくなると、(それも一時的にはいいでしょうが)心の根底が満たされない不幸せな状態をキープしながら、この不幸せに感じている何かを勃発させないよう周りが私をきちんと扱ってね。になってしまう。

そのように周りが動かないと「なんで?」と。

自分が自分をきちんと理解し、きちんと向き合っていたら「わかってよ、優しくしてよ」と相手に求める代わりに、わかってあげよう、優しくしてあげようと自然に移行します。

甘えて人から得れないとなると苦しくなると感じることもあると思います。

でもそれは逆。きちんと自分の苦しみや悲しみの根源に向き合うのならそこの器は大きくなります。だから人からのエネルギーで埋め合わせなくても自分の中に自分の安心感がきちんと湧いている状態です。

ちょっとしたストレスを当てつけるのも甘えですよね。

人に対して出してしまう前に、会社のストレスなのか、心の穴なのか、不安なのか、何が原因でそれを出してしまっているのかをきちんと自分で探る必要があります。

心を鎮めて内観する時間を取れば取るほど、「この苛立ちは彼女にフラれた悲しみや悔しみを母親のちょっとした言葉に対して苛立ったふりして膨らまして当たろうとしているだけだ・・・」と出す前に気づくことが出来るようになり、人をはけ口にする前にスッとやめる選択もできる。

言葉って怖いもんで刃物のようにもなりますし、良くも悪くも心に残ることがある。

感情的になりやすい人は、まず感情のコントロールの前に自分の感情の根源と向き合って理解してあげてください。

それでも感情を誤発射しちゃう時もありますよね。

誤発射であるとわかっているなら、「だって、あなたがそう言うから」などとなすりつけずに、5分以内に謝っておく!

もう自分の感情を人に面倒見てもらうことをしない!

そういう甘ったれた考えを捨てて自分の感情はきちんと自分で理解処理し、不必要なところで余計な感情を出さないと心から決めるのであれば、絶対できます。

出来ると思えば出来る。出来ないと思えば出来ない。

これができるとすごい穏やかになるのは間違いないです!

心が穏やかであれば人に対しても寛容になれるし、不必要な問題が激減し、やるべきことにもっと集中できる。

決意とともにしっかり内観して苦しみを受け入れ、自分を理解してあげてください。

ブラックシードオイル

ここ最近インドではオニオンオイルと書かれたヘアオイルがはやってます。

玉ねぎの写真がプリントされていて、いかにも生玉ねぎからエキスを抽出し、玉ねぎ臭いオイルがブレンドされているという感じで。

あるとき、オニオンオイルってなんなんだろうと調べてみると、全然玉ねぎオイルではなく、なんとブラックシードオイル のことだった!
(オニオンのタネに見た目が似てるからそう呼んでいるのか。。。。)

このブラックシードオイル は色々な呼び名があって、ブラッククミンシードオイル 、ニゲラオイル とも呼ばれています。

ブラッククミンといっても、全然クミンとも関係がない。。。

インドではカロンジオイルと呼ぶのが一般的で、この種自体もカロンジと呼ばれています。

花がとても可愛い。

見た目は黒ごまそっくりで、黒ごまと間違えて買いそうになったことがあった。

このタネはインドでは普通にカレーの材料の1つとして昔から使われているようですが、特殊な味がするので、毎日使うターメリックやクミンのようには使わないようです。

人気のヘアーオニオンオイル から正体はブラックシードオイルであることがわかり、どのようにいいのか調べてみると、なんと”死以外ならなんの病にも効く奇跡のオイル ”ともいわれるほど、まるで万能薬のようなオイルなんだそう。

なんでも髪であれば抜け毛によく、肌なら老化によく、飲めば血圧、血糖値、肝臓、腎臓、喘息、その上癌にまで効果があるというのが世界中あちこちで実証されてるらしいです。

最近”ブラックシードオイル が癌に効果がある”とインドのドクターがツイッターに書き込んでいるとグルジが言ってました。

癌であれば縮小されるようで、ないならば予防になるようです。

ハーブ類はナチュラルとはいえ、初めからたくさん試してはダメです。

ハーブは薬と同じなので、どんなに身体に良くても合わない人もいますし、アレルギー反応が出る人もいるので、絶対少量で試して様子を見てください。

まずはタネから試してみようと思い、ブラックシードを買って攪拌しました。

蜂蜜と摂るといいという情報があったので、小さじ1/2のシードと少量の蜂蜜で摂ってみると。。。

なんか元気が出るような。。。頭がスッキリするような。。。?
いい感じでした。

ひとまずアレルギー反応は出ないので安心。

(以前アーユルヴェーダのハーブの薬のにおいを嗅いだら、頭痛と腹痛に襲われたことがあり、ナチュラルとはいえ、合わないものがありびっくりしたので、ハーブには慎重です)

身体に合うなら料理にも使ってみようと思い、小さじ1ほど入れてみた。

ダメだった。。。。

加熱すると成分が変わってしまい、グルジも私もいきなり頻尿になるような事態に!!!

翌日にはすっかり治まりました。

ハーブの怖さはこういうところにもあるんです。

生と加熱では効能が全然違う。

ということで、私たちの身体にはブラックシードは生限定とわかった。

ひとまず生であればブラックシードは身体に合うとわかったので、次は低温圧搾でオーガニックのブラックシードオイルを購入!

小さじ1を1日2回と書かれている。

ストレートでスプーンで摂ったら結構強くて、喉が焼ける感じがしたので蜂蜜とぬるま湯で溶いて飲んでみたら丁度良かった。

これ摂り始めたら消化力が俄然良くなり、なんかいつもお腹すいているかのような(笑

身体もすごいバランスが取れる感覚があって、これすごいかも?!

ちなみに小さじ1/2 で摂っても私の身体には多いようで、小さじ1/4で丁度良いとわかりました。人によって適量が違ってくるので少しずつ試してみてください。

日本では手に入るみたいだけど、オーストラリアでも売っているのかな?

身体に不具合がある人は、自分の症状にマッチするかも調べてみるといいです。

あらゆるものに効くみたいなので。

手に入るようでしたら、お試しください。


クンバメラ 2019

3年に1度、世界最大級のフェスティバル クンバメラがイラハバードで開催されてます。

1月下旬から3月下旬まで。

ピーク時は数千万人訪れる、沐浴をする巨大な祭り。

クンバメラとは、クンバ=水がめ メラ=祭り という意味で

神が不死の妙薬をたたえた水瓶を運ぶ際にそのしずくが滴った場所がハリドワール、イラハバード、ウッジャイン、ナシークの4ヶ所で、聖地とも呼ばれ3年おきに順番にクンバメラがおこなわれている。

グルジが「クンバメラに行こう!昔にイラハバードでクリヤヨガ アシュラムに滞在したことがある。そこで今回は宿を取ろう」と言い出した。

正直言うとあまり乗り気じゃなかった。。。

と言うのも、インドの電車は怖いんです。

まず世界中のどの国よりも(多分ですが)脱線率が高く、一度に100人くらい死亡したりなんてこともざら。

その上、何百キロもジャングルしかないようなところで長時間途中停車することがあるのですが、そこで盗賊団が車内に入り込んで、全員の(いくつかの車両の)金品を強奪していったというニュースが最近あった。。。

インドの電車はドアが自動じゃないので、走っているときもいつでも開いているんです。なので盗賊はどこからでも入ってこれる。

(じゃタダ乗りができるのか?というと、車掌が回って席の番号と名前を照合するので、それが見つかると高額の罰金が科せられます。払えない場合は逮捕。)

ニュースを聞くたび「もう電車は嫌だ。。。」と真剣に思ってたのに、そんな矢先にグルジが「クンバメラに行くぞ!」と。
(イラハバードは空港がないので電車のみ)

脱線に盗賊を考えるともう寒気がしますが、瞑想しガイダンス得てみることにしました。

どんなガイダンスであれ必ず従うと決めて。

すると「行きなさい」とのガイダンスが来た。

そうか。。。。行くことになっているのなら問題ないと安心して行くことにした。

寝台車両で17時に出発、翌朝の4時到着。

こういう時間帯だとあまり眠れず、結局一睡も出来なかったのですが、どういうわけかエネルギーが流れやすくずっと瞑想状態でいた。

イラハバード駅。さすがインド。ホームでもどこでも寝る!

宿は前日に予約確認をしておき、早朝に到着すると伝え「部屋は準備されてます。セキュリティガードにこのメールを見せて、手続きをする前に部屋に入ることを許可されていると言えばそのまま部屋に案内されます」と親切なメールだった。

そして朝4時半、宿に着くとセキュリティーガードは「手続きをしないと部屋には入れないのでみんなが起きてくるまでここで待っててください。8時にはオフィスが開きますから」と。

外は極寒でガタガタ震えながら、じゃ、このメールはなんなんだ?とメールをくれた人に直接電話でグルジが話すと荒々しく「あなたはどこの誰よ。オフィスが開くまで部屋には通せない」と言われた。

グルジはブチギレて「私たちはこんなひどい扱いをする間違ったところに予約をしたようだ。これから別にホテルを探すから結構だ!」というと

「実は昨晩、急遽他の人が来て入っているから30分待ってくれれば通せる」と言われ、このやりとりで1時間は外に立たされていた。。。

夕方、その女性が現れて「あの寒い中、申し訳なかった」と直接謝罪された。

部屋は質素だけれどシーツも綺麗だったし、シャワーは大型の給湯器が付いていたのでいつでも熱いシャワーが浴びれたのはとてもよかった。

(アシュラムではソーラーのところも多く、昼にしか熱いお湯が出ないというのも良くある)

折角クリヤヨガアシュラムに宿泊しているので、クリヤヨガもやらなくちゃ!

クンバメラより私はこっちの方が楽しみだった。

アシュラムの専用バスに夕方乗り込み巨大なテントまで移動し、そこで見習いの男の子が前に立ち、クリヤヨガの運動をおこなう。

私たちはみんな彼を見ながら40パターンを一緒にやった。
ラジオ体操のようにテープを流し、「腕を伸ばしてぇ、心臓にエネルギーをリチャージ!」とか言っているのだけど、デモンストレーションでやっている男の子はどうもやる気なさそうだし、グルジは「リチャージだってよ。。。こんなんでリチャージされない。。。。」とやりながらぼやいていた。

いいから黙ってやっとけ。と心の中で言ったものの、何も言わずに流しておいた。

これはハタヨガとは似ても似つかぬ、全く別世界の軽い運動法。

こんなことを言ってはなんだけど、幼稚園のお遊戯みたいなレベルに驚いた。

でもどういうわけか、身体がゆるみ気持ちよくなってきたのは確かでそっちの方がもっと驚いた。

さすがクリヤヨガ。侮れない。

その後アシュラムの2番手に当たるグルだと思うのですが、彼がいくらかスピーチを行った。彼の英語の発音はとても綺麗だったのが印象的だった。

そして2時間後、メインのサッティヤムグルが登場。

右から パラマハンサ ヨガナンダ
スリ ユクテスワ
ババジ
ラヒリ マハサヤ
そして最後がこのアシュラムのサッティヤムグル

うまくポスター作ったなぁと感心しました。

映画化されたインドの神話をスクリーンに出して、説明しながら科学的に繋げていくという展開。声が若干ハスキーですでに聞き取りにくいのに、映画はヒンディーで、下に英語の字幕が出ているけれど、どこに座ってもテントのポールがたくさん立っていて、字幕がよく見えない。。。という状況で全然集中できなかったのが残念だった。

こう書いていると、何も大して学んでないようで、実は講習を聞いている時に突如いろんな気づきが次から次へとやってきた。講習で学んだというより、きっとサッティヤムグルのエネルギーだったり、土地のエネルギーによっていろんなことが開くきっかけになったよう。

この6年インドとネパールの色々なところを巡礼したけど、こんなにいろんな深い気づきが出てきた場所はここが初めてだった。

ここでは欧米人の生徒がたくさんいて、ボランティアでも働いていた。

ここの欧米人のスタッフも生徒さんたちも、とても親切で、この欧米人の気さくさや、話しやすさの感覚が6年ぶりで嬉しくてたまらなかった。

裏表もない親切さと笑顔がなんとも心地よかった。

そして翌日、ついにクンバメラの沐浴!

ガンジス川はちょっと距離があるみたいなので、隣の部屋にいるアメリカ人のハナに聞くと、説明できないとなり、むかいの部屋のインド系アメリカ人のグプタさんに聞くと、やはり説明は難しいとなり、グプタさんは「よし一緒に行こう!」と無理やりハナまで引っ張り込まれ、4人で行くことになった。

結構サクサク歩いたけど、40分くらいはかかった。

もう人はガラガラで、2週間前が一番のピークだったそう。
その時は40分の距離に4時間かかったらしい。

私は沐浴はちょっと控えようと思っていた。

この辺りのガンジス川はあまり綺麗じゃないのもあり、手足だけで十分と思っていたので、着替えも持っていかなかった。

そもそも沐浴の目的は、体を洗うことではなく、頭の中を洗い流す、つまり不要な思考やエゴを流して頭や心を綺麗にするという意味合いなんだとグルジが説明してくれました。

でもこのクンバメラが開催される地は、「不死の妙薬がこぼれ落ちた地」つまり、不死の妙薬にあやかりに行くって意味合いもあると思うんです。

ただインドはトイレの下水を直接ガンジス川に流すので、上流じゃないと綺麗じゃないのだけど、でもガンジス川に入ることによって、何かが浄化されるのも確かだと思う。

グルジは沐浴するつもりで着替えを持っていっていたけど、私とハナは手足だけで全身で入る予定はなく、到着すると、グプタおじさんに「クンバメラにわざわざ来て沐浴しないってどういうことだよ!入らないというのなら、俺が川に投げ入れるよ?入れ!いいから入れ!」とまぁ強い押しに私たちはしぶしぶ、着替えもないのに全身沐浴した。

ガンジス川が綺麗かどうかは別として、とても冷たく頭がスカッとして気持ちよかった。

そしてずぶ濡れで歩いて帰った。

暖かい日だったので、アシュラムに着く頃には上着は半乾きだった。

グルジは自ら沐浴すると張り切って入ったものの、かなり冷たかったのが身体には良くなかったらしく、沐浴後全身激痛に見舞われ電車での帰宅となった。(グルジは喘息持ちで身体が強くない)

でもグルジは「沐浴がよかったのか、何が合っていたのか、いろんな気づきがあって新しい内容が本に取り込まれることになった」と喜んでいました。

書くと淡々としていて、面白くなさそうだけど、何気に今までのインドの旅で一番印象的で、深い学びがあり、楽しかったところはここだと思いました。

やっぱり何が一番の喜びって、美しい景色とか綺麗な宿とかもいいけど、「内側の気づき」これが得れるのが何よりも最大の喜びに感じる。