家庭の笑顔


この村の人たちを見ていると、都会と比べて笑顔でいる人がとても多いです。

インドの都会だと忙しかったり、またはエゴでツンツンしてたりであまり笑顔を見かけないのがちょっと残念。

先日Rさんからお便りを頂いたのですが、12歳の娘に「ママはこの家の中で一番年下だよね。体は大人だけど…。だいたい8歳くらいかなあ。私よりは下だね。」と言われました。あまりにも当たりすぎていて何も言い返せませんでした。

と言うくだりがあり、朝から爆笑してました。

グルジが他界してから笑うことが少なくなってしまったので、朝から笑わせてもらえて嬉しかったです。

もちろんご本人は笑わせる意図は全くなかったと思いますが。

でも、Rさんは

「子どもたちが生まれてから「良い母親でいないと」と気を使っていた時があって、しばらくして気がついてみると大人風を吹かせて子どもたちをどこかの教官のように指導している自分がいました。これではいけないと改めた結果、いつの間にか子どもたちにイタズラしたりからかったりする親になってしまいました。学校に行っている間にも勉強や友達のことで子どもたちにはそれなりのストレスがあるだろうと思うので、家に帰ってきてからは私のteasing で笑い、リラックスできたらという思いでいるんです。」

とありました。

娘さんもジョークっぽく(絶対本気 笑)ママは精神年齢8歳とか言っているんでしょうけど、大きくなった時に「私のママはいつも私たちを笑わせてくれる最高のママ!」って思うときが来るでしょうね。

やっぱり家庭の中で一番必要なのって、母親の笑顔じゃありません?

これさえあれば、夫も子供達も頑張れるし、苦難も乗り越えられる。

笑顔でいることや笑顔にさせるって、簡単じゃないですよ。

むしろ不安になったり、イライラする方が簡単にはまりますけど、それを笑顔でいよう、笑顔にさせようというのは、なかなか難しいところ。

Rさんの場合は、ある部分では精神年齢が低いところもあり(こんなの誰にでもありますよ!ただ娘さんがすごくしっかりしているため、見抜かれてしまっているだけ!)ある部分ではとても理解が深いところもあり、ある部分では非常に霊性が高いんです。

そんな母親に育てられるお子さんたちの成長がとても楽しみです。


ここの村での笑顔。
やっぱり笑顔って癒されます。

地べたのドンと座り孫をあやす近所のおばさん

夕飯を作るおばちゃん
彼女はいつ会ってもニコニコしてます!

村のしあわせ


都会の暮らしは楽しく便利な反面、家賃に食費、スクールフィーと全てが高いですし、ファッションに、グルメに、いい車に乗って、いい暮らしをしたい!

と欲望は果てしないですよね。

そして気持ちもせわしくなる。

この村の人々は超ミニマム級の生活をしています。

こういう生活レベルの人たちを見たことはたくさんありますが、実際に入って暮らすのは初めてなので、とても感慨深いものがあります。

私がブッダガヤから荷物を持って引っ越してきた時の村人の反応のすごいこと。

「うわーーーこんなにたくさん物持っているのー?!」の連続。。。

グルジと一緒でしたので、幾らかの家具、家電がありますからトラックを呼ぶレベルではありますが都会人の中では殆ど持ってない方です。

テレビもソファーもないし。

この村の人たちは、暮らしが最小で間に合っているからガツガツと追いかけてもないんです。
ちなみに家電はないし。
冷蔵庫を持っている家族はこの村にはいません。
オーブンもないし、洗濯機なんてあるわけない。
言うまでもなくエアコンなんてないし。
あるのはベッドと 幾らかの服。
マットレスとかないですよ。ベッドの板の上にゴザを敷いて寝ています。硬い板の上でみんな寝れちゃうんです。
布団を使っている人もいますが、1. 5cmくらいの薄くてペタペタの布団というか、板を直接背中で感じるから骨がゴリゴリして痛くて眠れないレベルのもの。
あとはキッチン用具くらい。

あ!バイクがある。

どの家族もではないですが、いくらかの家族は一家に1台バイクがあります。
この村には公共交通手段などはありませんから、バイクがないと買い出しにもどこにも行けませんので、バイクは一番高価な所有物ですね。

ここの女の子たちに「都会に出たい?都会で暮らしてみたい?」と聞いてみたら誰もが首を横に振って「いや、ここでいいわ。」と。

長女のプリヤンカ。
家の中に水道管があるのは、この村でこの家くらいかも。。。
でもシャワーくらいしか使われてません。
どこの家にもチャパカルと呼ぶ、手動の井戸で飲み水から食器洗い、洗濯、シャワーも全てここでおこなわれます。
女性は布一枚巻いた状態で体を洗い、男性の場合はパンツ1枚で直に座り全身を洗います。
ちなみに洗濯は各自で行うんです。
洗濯機なんてありませんから、それぞれ身体を洗うときに服も自分で手洗います。
自分の服を自分で洗うのはもう4歳くらいになったら始まります。
井戸のレバーを押すのも結構力がいるのですが、4歳くらいですと腕力では無理なので、ぶら下がって全体重をのせてバケツに水を溜め、自分で頭も洗って水を浴びてそこで洗濯もします。
あんなに小さな子が???とびっくりします。
自分のことは自分でやるとトレーニングされているので、虐待とかではなく当たり前におこなわれます。
それもあり、ここの村の子供達は仕事の多いお母さんをよく助けます。
小学高学年くらいになったら、家族全員が食べた食器から鍋から全てをチャパカルに持っていき洗います。
テキパキと毎食後の食器洗いくらいはやるし、家の中を掃いたりも当たり前。

正直自分がそんな年代の時にこんなに家のことをやったことなかったので、ここの村の子供達には脱帽です。。。
子供達は文句も言わないし、みんなハッピーに手伝っていて、しかもしっかり勉強もしているので、見たことのない家族のあり方に驚きを隠せません。

この田舎暮らしではガツガツとお金は追ってはないけれど、やることはかなりあります。

牛やヤギを飼っていますから、草を食べさせに歩かせますし、またそれ以外の時間に縛っておいている時にも食べさせる草を用意しなくてはなりませんから、毎日せっせと手で草を刈って家に運びそれをさらに牛が食べやすくなるよう、ギロチン?のような道具で小さく切るんです。

毎日このように草を刈っては頭に乗せて、4往復している時もあります。
写真はここの奥さん。

小さく切る前にもう待ちきれなくて食べ始めているのが、ここの子ヤギ。
私が来た後に生まれているので、とても慣れています。


晴れの日は麦を屋上に干したりと(床に広げて害虫を追い払う)
結構な仕事量ですよ。
その上、家の掃除に食事の支度。
毎日そんな感じであっという間に1日が終わります。

ただここでお米と麦を育てて、売っただけでは1年に3万円程度にしかなりませんから、やはりさすがにそれでは不十分。

なので夫はデリーや遠くに出稼ぎに行きます。
(娘の結婚の持参金を貯めなければ、嫁に出せないので大変です)

妻たちはここに嫁いだというのもあり、ここで生き抜くことに腹を括ってますから強い!喧嘩して負けるような女はいないってくらい、 村の女は半端じゃなく強いです。

みんなそれぞれ仲が良い家族がいくつかあって、メラ(お祭りごと)があるときは、みんなで一緒に食事を作ったりと楽しくやっています。

物をたくさん所有していると、失いたくないという執着心が出てしまいますが、ここまで何も所有していないと、失う恐れも殆どないでしょう。

多く、家も土壁と竹で出来ているので、万が一火事が起きたとしても、竹を切って持ってきて、泥をつけて藁を乗せれば家は完成。

盗まれる心配をするほど物もないので、家にドアが無いところも多い。。。

これは隣のサロージュ(このうちの親戚)のお家。
土壁にトタン屋根の部屋はドアが無い。

この村の人口は500人って言ってたかな。
全員の顔を知っているので、盗むような人もいないんですよ。
あるとしたら、小さな子供がいたずらで何か持って行っちゃったくらいなもん。

ハルヒ村。バルコニーからはこんな感じ。
東側に1本道があり、そこに家屋が並びます。
北、南、西は全部田んぼ。

近所の子供が来た。
すごく可愛い。

この村では、何も大して心配することもなく、所有物もあまりないけど平穏に暮らすしあわせがあります。


生きること 死ぬこと

グルジが他界してから、死についてよく考えさせられるようになりました。

死までの生き様や、死後人生を振り返ってどのように思うかなど。

最近グルジがこんな言葉を言っていました。

「君は全部やってくれた。私はやり残したことや悔いが何一つ残っていない」と。。。

これはある意味、すごい一言です。

あれだけ肉体的には苦しい思いでの他界となってしまいましたが、グルジは突然の全身麻痺になる直前に「本がちゃんと4冊出版された。これで死んでも悔いはない!」と本当に嬉しそうに言っていたんです。

あのときは、こんな目の前に死が迫っているなんて思いもしなかったので、正直その言葉をそのまま受け入れ「そこまで嬉しいんだ!」と私も喜んでいたのです。

ですが確かに死までの1ヶ月半は本当に苦しかったと思いますが、でも今思うと肉体的には本当に辛かったけれど、死後に何も悔いが残ってないと言い切れる生き方が出来たなんて本当に素晴らしい人生だったなと。

私はいつも人と関わるときに、自分が死ぬときに悔いが残らないよう行動するように心がけているんです。
それは私だけが一方的に努力できることですが。

グルジはよく「生きたくても生きれない人もいる、死にたくても死ねない人もいる。その時がきたら、どうであれ逝くんだよ。それが人生だ」と。

いつ突然人間は死ぬかわからない。

だからこそグルジが死を迎えるときに、やり残したことや後悔がないような満たされた死に方が出来たら最高だと思ってました。

こんなにも早く死が来るとは思っていませんでしたが、でもそれは私の理想であってそのように思えるかどうかは本人の色々な人生の側面によりますから私がお膳立てで出来ることじゃないのはわかっています。

だからこそ、グルジがそのように人生を終えられたことを本当に嬉しく思います。

私はただ自分が後悔しないように全力を尽くすことだけしか出来ませんが、理想通りになれたことは本当に心から嬉しい。

グルジの肉体がなくなってしまった寂しさはありますが、グルジの魂がとても穏やかであるのを感じます。

私は今や多く瞑想だけで過ごしていますが、同時に色々な深遠な気づきがもたらされ、その気づきとともに、グルジも気づきがもたらされているようです。


死に際は苦痛であったのは確かですが、でも最終的に悔いのない人生で愛弟子が最後の最後までシャワーとトイレ以外にそばを離れたことがないほど、しっかりとそばに付き添って、そして私の腕の中で、距離はあってもお弟子さん、家族、友人の大きな愛に包まれて息を引き取ったのは、ある意味幸せな逝き方だったと思うんです。

辛いのは肉体だけで、今はその肉体もないから痛みの辛さは終わり。

残るは、どのように生きた人生だったのかです。

死んだときに後悔なく生きれたと言える人がどのくらいいるかはわかりませんが、すごく少ないんじゃないかと思います。

グルジは他界する数ヶ月前に、「もし君が先に死んだら、君の彫像を造って毎日崇拝する」なんて言ってたんです。

私は笑って「あのさ、私が先に死んだらグルジは終わり。私が死んだ後でグルジがその後長生き出来ると思う?私ほどグルジをケアできる人がこの世にいるとは思えない。お金を出してくれる人はいると思うけど、ここまで全部心からケアしてくれる人なんていないから、私が死んだらグルジはすぐ死ぬって。」なんてジョークっぽく言ってたんです。

でもこれは内心かなり本気で言ってました。

このグルジの言葉の裏は、言うまでもなく「君がここまでやってくれたことに感謝している」って意味なんですけどね。

でもグルジより私が先に逝くことは絶対にないのはわかってました。

それは年齢とかではなく、もしその時がきたら、私がグルジを絶対に最後まで幸せに包んであの世に送りたいと思っていたから。。。

グルジは時々「こんなに素晴らしい人が自分のそばにいてくれるなんて、私はよほど前世で徳を積んだに違いない!」なんて言ってましたが

本当にその通りなんです。

わたしとは前世で何度も何度も関わっていて、その中でも1度本当に助けてもらったこともありました。

なので今世では恩返しなんです。

だからグルジにはマッチ一本買わせたこともないし、最後に満たされた人生に仕上げることができて本当に私も恩返しができた思いでいっぱいです。




そういえば、生前グルジがこんなこと言っていました。

「君もね、自分の死がくる時はちゃんとわかるよ。」

これを言われた時は、すっごく嬉しかったです。
ふざけて言っているんじゃないんです。

グルジが自分の死をわかっていたように、私も自分の死が近づいたとき自分でそれが認識できる。
私の予想だと、2年くらい前になったらはっきりとわかる気がします。

そんな素晴らしいことないですよね。

そんなことない?怖い?

グルジが他界したからか、死に対して嫌だとか怖いとは全然思わなくなりました。

ただ理想としては、マハサマディーで逝きたい!

これは瞑想状態で自分でコントロールしてあの世に行くという方法だけれど、これが私の理想の人生の終え方です。

とにかくやれることを出来るだけやって、後悔のないように生きなきゃ!

皆さんも、後悔のないように生き抜いてください!





楽しみを見つける





今年のモンスーンはやや雨が少なめなんだとか。

前半はかなり降りましたが、ここ数週間は雨が少なめで5日間くらい降らなかったりしたのでちょっと稲に水が足りないなんて地元の人は言ってました。

私の住ませてもらっている2階はだだっ広い屋上の端っこに2部屋だけ作られているので、部屋を出ると屋上全開で眺めはとてもいいです。

北のほうには池があります。この池はマカナファーム。
マカナという植物があり泥の中でタネをつくるのですが、そのタネを収穫し、工場へ出荷しパフにします。

魚がいるので釣りをしている人もいます。
葉っぱがアマゾンにでもありそうな形で、すごくゴツゴツした表面の大きな葉っぱであるのに対して、花はこれだけ?と思わせるほど小さく質素だけれど、とても可愛らしい。

この花の下に段々と種ができて引っ張りあげると。。。

あんな質素でかわいい小さな花が、こんなイカツイすごいヤツに変容する。。。

彼の名前はインダージート
近所の男の子で、マカナを見せてくれました。
このトゲトゲを剥くと、こんなミカンのような容姿になり、この中に茶色い種がたくさん入っています。

このタネは生でも食べれて、地元の人は生で食べ慣れているので生が好きらしいです。
私も一つ味見してみましたが、大して味はなくグニュっとクリームみたいな感じのものが入っていて、「うわ。。。なんか出てきた。。。」という若干気持ち悪く、カリッとするのだろうという期待と裏腹に来られたのも衝撃的でした。
食感的にも、味としてもそんなに美味しいものじゃないです。

まぁ食べれないほど不味くはないですが、また食べたいとは思わない。。。というのが正直なところ。

これが工場でパフとなり、このようなマカナに仕上がるのだそう。

それが店頭に並ぶのだけど、このパフはそのまま食べれなくて、ゆっくりと炒ってカリカリにするか、またはミルクと砂糖で煮込んで食べます。
スナックとしてはとてもヘルシーで、炒るととても美味しい。
これは私の住む屋上からの今の眺めで、すっかり全部収穫され何もなくなりました。

マカナはグルジが大好きだったので、よく買って食べてましたが植物を見るのは初めてだったので感動。


でもどこを歩いても、何を見ても、グルジと一緒に感動を分かち合いたかった。。。と思ってしまう。。。

グルジも一緒に見ているのは知っていても、肉体があってダイレクトに言葉で分かち合えないのはやっぱり寂しい。

グルジがいないから楽しさや喜びをフルで感じない。。。というのは本当に現実なのですが、でも不幸せには感じてません。

グルジに対するこれまでの感謝の思いがとても大きいのと、今でもまだそばにいてくれているのを知っていますし、ここまで生きてきた過程を振り返ってもこの7年間グルジが与えてくれたものは本当に大きくて、感謝の思いでいっぱいです。

だから寂しさはあるけど、不幸ではないです。

こんな状況でも、小さなひとつひとつに喜びを感じることもたくさんあります。

全然言語が通じなくてもみんな一生懸命話しかけてくれたり、小さなことでも手助けしてくれたり。。。庭にグアバができたって持ってきてくれたり。

小さな嬉しいことがたくさんあって、大きな感謝の思いになるのがわかる。

だからこんなに悲しくても乗り越える勇気に変わっていく。。。

グルジがいないから、もう楽しくない。。。楽しめない。。。じゃ完全に依存。
私の余生は一生不幸になるだけ。

でも楽しみというのは自分でひとつひとつ見つけていくものでもありますよね。
肉体はいずれなくなるもの。
もうなくなってしまったものは、どうあがいても取り戻せないのですから。。。

小さなこと何でもいいから見つけていく。

今日はグルジのために焼いたパンがとても美味しくできた!
とか
池で楽しそうに泳ぐ人々を鑑賞したとか

もうこんな小さなことを拾い集めては楽しさや喜びに感じたり。

そして心の中でグルジとシェアするんです。
あ、でも声に出してグルジと話してるときもあります(笑
他の人が見たら怖いけど!

ちなみに、グルジが大好きだったチャバッタのパン。
本当に美味しくできた。
形もいびつでクープが全然うまく入ってなく綺麗に割れてないけど。。。

普段は全粒粉パンを食べますが、時々白い小麦粉だけのこのチャバッタを作ります。
このオリーブオイルと塩とイーストだけで作るチャバッタがパンの中で一番好きかも!?

最後にグルジの写真をあげてみようかな。
アッサムのカマッキャでボートに乗り寺院参拝。