立ち直りのプロセス

グルジのいない村の生活にも少しずつ慣れ始めようとしています。

心に空いた大きな穴は、まだ完全に埋まることはないですが、でもグルジの魂とは繋がっているので肉体がなくなったという寂しさはどうにもなりませんが、グルジがいなくなったとは全く感じてないのは大きな救いでもあります。

霊的に見たり感じたり聞き取る能力がなかったら、立ち直るのにどれくらいの月日または年月がかかったのだろうと思いました。

実際に5年も経ってもまだ涙が止まらないという方にもあったことがありました。

その心の苦しみはある程度共感したり想像することができても、やはりその人本人にしかわからない苦しみがあります。

グルジが亡くなってからの1ヶ月間は目が覚めるのも怖いほどの悲しみと苦しみでした。目が覚めた瞬間グルジはもういないんだという現実と向き合わなくてはならず、毎日朝4時に目が覚めた瞬間から涙が溢れこのまま目が覚めなけれよかったのに。。。と胸が押しつぶされる毎日で、情けない話ですがこんな地獄を毎日あじわうくらいなら生きてなくていいとすら思ったほどでした。

当時使わせてもらっていた一階の部屋は家の中でも一番いい部屋を与えてもらっていました。この家の床はまだ土です。。。

この村で床にタイルを張っている家なんかはありません。。。

村民の家は、大半レンガも使っていない土壁です。

そんな一番いい部屋でもちょっとジメッとしていて、正直心地がいいとは感じられませんでした。。。

もちろんお世話になっているのでそんな不満は口が裂けても言いませんが。

とにかく虫が多く、ジメッとした部屋には寝る以外にはあまり居たくなかったのもあり、シャワーを浴びて、洗濯は手洗いでさっさと終わらせ、どこか外で瞑想する場所をいつも探していました。

近くに小さなお寺があるのですが、そこに池があり池の淵に座ってみたり。。。

人もちょこちょこ来るのであまり落ち着かず。。。

でもそんな時、牛飼いのおじさんが牛を連れてやって来たのですが
池の淵で座って涙を流している私に

「泣くな!全ての人に起こることなんだ」

そう一言。

もうグルジが他界してしまったことは、この小さな村では全員知っていること。

その言葉にハッとさせられました。

その後もまた別のおじさんが、「全ての人に起こることなんだ。神のみが知ることだ。呼ばれれば行くんだよ」

なんかそんな強気の悲しみに対する同情もない、ただ当たり前の現実の概念というか、真実を突きつけられて

「こういう言葉が変な慰めよりも一番ありがたい。。。」とすら思いました。

「死」というものが、ただ単に当たり前にいつか誰にでも起きることで、だから受け入れる以外に何もできない。

インド人の村人はそうやって、いつか自分にも自分の家族にも突然か、知ってか、やってくる「死」に対して腹を括っているんだなと思いました。

生前グルジがよく「お前はシティーで暮らすインド人しか知らない。金やポジションだけ追っているようなインド人しか会ってない。村に入ってみればわかる。村の人たちは何も持ってないが中にはすごい霊性の高い、理解の深い人たちがいるんだ。」そう言っていました。

グルジが言っているのはこういうことだったんだと思いました。

が正直こんな形で強いられる以外にここまで何もない村には到底住めなかったというのが現実です。

ある時、お寺にある池も瞑想には適していないし、どこか良いところないかな。。。静かで一人になれるけど、安全な場所。。。。

と歩いていたら、突然ここのうちの奥さんと、向かいの娘さんのジャンキー(22歳の女の子)が後ろからついて来ていました。
(ちなみにジャンキーは英語ではクズとか麻薬中毒者の意味合いになりますが、インドでは女神の名前でとても素敵な名前なんです)

まだこの土地を全く知らないので、心配してついて来てたみたいです。

そして二人が「あっちのガチ見てみる?」と。

「ガチ」というのは森とか植林地を意味し、二人の言うガチとはここの家が所有する土地でマンゴーの木がたくさん植わっている小さな土地でした。

家から1キロくらいでしょうか。

ついて行くと、とても静かで平穏なエネルギーがあり、瞬時に「ここだ!」と思いました。

それからというもの、毎日毎日朝からガチへ行き、瞑想を試みていました。

正直悲しみが大きすぎてまともに瞑想なんて出来ないのが現実なのですが。。。

瞑想しているかのようで、殆ど涙がドッとこぼれているだけで、ただ部屋にいるよりかはマシだといったところでした。

それでもガチにいる間、天界から山ほどメッセージや色々な説明まで受けました。

なぜこのタイミングでこんなことが起きたのかや、とにかく「なぜ、なぜ、なぜ」と大量のなぜが悲しみ膨らませ、頭が割れてしまいそうでしたが、その一つ一つが説明され、ほぐされ、理解と落ち着きを取り戻す助けとなったのは確かです。

ですがガタガタに崩れたエネルギーを回復させる術はない状態でした。。。
もはや自分のエネルギーではどうにも出来ない。

もうこんなだったら生きていなくていい。。。とばかり思う日々で、情けないのですが本当に精神状態の限界に達していたと思います。

マンゴーの木の下に座っていましたが、マンゴーの木はあまり自分にマッチするエネルギーでもないし。。。

それでも部屋にいるよりかはずっと涼しく、爽やかな風が吹くのでガチが一番居心地がいい場所でした。

ある日ガチの端っこに植えてあるユーカリの木の下に座ってみることにしました。

ユーカリの幹に寄り掛かり、いつまで経ってもこの苦しみは変わらない。。。。そう思っていたら、なんか不思議な感覚になってきた。。。。

なんだろう、この感覚。すごく懐かしくて、よく知っている感覚。。。

ふと、これはオーストラリアのエネルギーだ!とわかりました。

あの、軽く陽気な感覚。オーストラリアそのもののエネルギー。

オーストラリアの陽気なエネルギーはユーカリが発しているエネルギーでもあるんだ!と驚きを隠せませんでした。
(私はオーストラリアに13年住んでいました)

あの陽気で軽い感覚が本当に好きだった。

まさかインドのこの村であの感覚をまた味わえるなんて夢のようでした。

そしてただただ、じんわりとこのユーカリの持つ強く明るく陽気な(当時の私の持つエネルギーとは真逆の)エネルギーと融合し、まるで充電器が差し込まれたような状態になり、放心状態になっていたんです。

時間がわからなくなりただスポーンと吹っ飛んだかのような、気分の良い状態で気がついたら4時間が経っていました。

それも「ご飯だから帰ってきて!」と携帯が鳴ったので放心状態から目が覚めたのですが、もし連絡がなかったらあのままさらに数時間はずーっと座っていたんじゃないかと思います。

まさかユーカリの大木に癒して貰えるとは。。。

世の中ってすごい。。。本当に上手く出来ていると思いました。

それ以来目が覚めた瞬間から涙が止まらないほどの胸の苦しみがおさまりました。

ここの奥さんとジャンキーが私をガチに連れてきてくれたのも、神のお導きに違いない。。。そう思いました。

もう涙を流さなくなったわけではないのですが、一気に50%は回復したかのような感じでした。
奇跡としか思えないほど苦しみが緩和しました。

ですがまだまだです。。。

ここからは本当に瞑想と浄化の日々。

瞑想も浄化も出来ない時は読書。

この2ヶ月間はモンスーンで嵐もすごく、ガチには7月あたまから行ってません。

というのも、ガチは盛り土になっているのですが、モンスーンの時期はその周りが全て浸水し、離れ小島状態。

モンスーンが終わるまではガチには行けそうもありません。

ですが丁度7月の頭から2階の部屋が完成し、1階とは比べものにならないほどマシで(折角建築してくれたので、とても良いと書くべきなのでしょうが、雨が降ると窓から滝のように水が入ってくるし、どこに隙間あるのかわからないのですが、小虫が大量に入ってきて夜は眠れないし、晴れると天井が熱されて体感温度50度みたいな状態で、時期的にもかなり過酷ですが)床もコンクリートですし(土じゃない!)これでもこの村では5スターホテル!

それでもジメジメとした一階よりかははるかにマシで、一歩ずつ前進してグルジのソウルと共に頑張っています。

モンスーンももう今月いっぱいで終わりのようです。




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