楽しみを見つける





今年のモンスーンはやや雨が少なめなんだとか。

前半はかなり降りましたが、ここ数週間は雨が少なめで5日間くらい降らなかったりしたのでちょっと稲に水が足りないなんて地元の人は言ってました。

私の住ませてもらっている2階はだだっ広い屋上の端っこに2部屋だけ作られているので、部屋を出ると屋上全開で眺めはとてもいいです。

北のほうには池があります。この池はマカナファーム。
マカナという植物があり泥の中でタネをつくるのですが、そのタネを収穫し、工場へ出荷しパフにします。

魚がいるので釣りをしている人もいます。
葉っぱがアマゾンにでもありそうな形で、すごくゴツゴツした表面の大きな葉っぱであるのに対して、花はこれだけ?と思わせるほど小さく質素だけれど、とても可愛らしい。

この花の下に段々と種ができて引っ張りあげると。。。

あんな質素でかわいい小さな花が、こんなイカツイすごいヤツに変容する。。。

彼の名前はインダージート
近所の男の子で、マカナを見せてくれました。
このトゲトゲを剥くと、こんなミカンのような容姿になり、この中に茶色い種がたくさん入っています。

このタネは生でも食べれて、地元の人は生で食べ慣れているので生が好きらしいです。
私も一つ味見してみましたが、大して味はなくグニュっとクリームみたいな感じのものが入っていて、「うわ。。。なんか出てきた。。。」という若干気持ち悪く、カリッとするのだろうという期待と裏腹に来られたのも衝撃的でした。
食感的にも、味としてもそんなに美味しいものじゃないです。

まぁ食べれないほど不味くはないですが、また食べたいとは思わない。。。というのが正直なところ。

これが工場でパフとなり、このようなマカナに仕上がるのだそう。

それが店頭に並ぶのだけど、このパフはそのまま食べれなくて、ゆっくりと炒ってカリカリにするか、またはミルクと砂糖で煮込んで食べます。
スナックとしてはとてもヘルシーで、炒るととても美味しい。
これは私の住む屋上からの今の眺めで、すっかり全部収穫され何もなくなりました。

マカナはグルジが大好きだったので、よく買って食べてましたが植物を見るのは初めてだったので感動。


でもどこを歩いても、何を見ても、グルジと一緒に感動を分かち合いたかった。。。と思ってしまう。。。

グルジも一緒に見ているのは知っていても、肉体があってダイレクトに言葉で分かち合えないのはやっぱり寂しい。

グルジがいないから楽しさや喜びをフルで感じない。。。というのは本当に現実なのですが、でも不幸せには感じてません。

グルジに対するこれまでの感謝の思いがとても大きいのと、今でもまだそばにいてくれているのを知っていますし、ここまで生きてきた過程を振り返ってもこの7年間グルジが与えてくれたものは本当に大きくて、感謝の思いでいっぱいです。

だから寂しさはあるけど、不幸ではないです。

こんな状況でも、小さなひとつひとつに喜びを感じることもたくさんあります。

全然言語が通じなくてもみんな一生懸命話しかけてくれたり、小さなことでも手助けしてくれたり。。。庭にグアバができたって持ってきてくれたり。

小さな嬉しいことがたくさんあって、大きな感謝の思いになるのがわかる。

だからこんなに悲しくても乗り越える勇気に変わっていく。。。

グルジがいないから、もう楽しくない。。。楽しめない。。。じゃ完全に依存。
私の余生は一生不幸になるだけ。

でも楽しみというのは自分でひとつひとつ見つけていくものでもありますよね。
肉体はいずれなくなるもの。
もうなくなってしまったものは、どうあがいても取り戻せないのですから。。。

小さなこと何でもいいから見つけていく。

今日はグルジのために焼いたパンがとても美味しくできた!
とか
池で楽しそうに泳ぐ人々を鑑賞したとか

もうこんな小さなことを拾い集めては楽しさや喜びに感じたり。

そして心の中でグルジとシェアするんです。
あ、でも声に出してグルジと話してるときもあります(笑
他の人が見たら怖いけど!

ちなみに、グルジが大好きだったチャバッタのパン。
本当に美味しくできた。
形もいびつでクープが全然うまく入ってなく綺麗に割れてないけど。。。

普段は全粒粉パンを食べますが、時々白い小麦粉だけのこのチャバッタを作ります。
このオリーブオイルと塩とイーストだけで作るチャバッタがパンの中で一番好きかも!?

最後にグルジの写真をあげてみようかな。
アッサムのカマッキャでボートに乗り寺院参拝。





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